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 暑い。暑すぎる。

 朝、部屋の空気の入れ替えのためまずカーテンを大きく開けると、強い日差しが窓をつらぬき、部屋の中に差し込んでくる。そして窓を大きく開けると、少しだけ涼しい外気が部屋に入ってくる。ついこの間まで、窓を開けると爽やかな風が吹き込んで新鮮な気持ちになっていた朝はどこへ行ってしまったのだろうか。
 

 もう外ではセミが鳴いている。セミの声を聴くと「夏が来たのか」と感じると同時に「暑いな…」と思う。セミの声を聴くだけで気温が2度くらい上がっている気がする。セミに悪気は無いし、成虫になってから約1週間で亡くなってしまうので気の毒だが、どうしてもセミの声は暑苦しく聞こえてしまい、苦手だ。

 用事があるときはどうしても外へ出なければならない。もう少し日数が経つと人間の平熱を越える気温で僕を待ち構える。まだ夏本番ではない今、すでにクーラーの効いた部屋から出たくない。だけど出ないといけない。出たくない。出なきゃいけない。出たくねぇのよ……ドアを開けると外は太陽の熱を目一杯に吸収し、僕の目に見えないところで熱を濃く凝縮し、また外に発散する、憎きコンクリートが目の前に広がる。これからこれを踏みしめなければならないのかと憂鬱な気持ちになる。

 車に乗り込もうとするとそこは車内ではなく簡易サウナに変化していた。僕は意を決して乗車する。着衣サウナである。すぐ発汗したい人には喜ばしいことだが、僕は発汗したくないし、むしろ涼しくなりたいのだ。エンジンをかけてすぐ冷房をつけたら車のどこかに負荷がかかりそうで、まずは窓を開ける。パワーウィンドウのモーターが動く音が、自分の車から翼が出てきて風を切って飛ぶのではないかと思わせワクワクする。しかし風を切るどころか、全く入ってこない。それでも閉めきるよりは全然ましだ。

 夜になると換気のために窓を開ける。自分の家の前の団地の棟から様々な音が垂れ流されていることに気付いた。アナウンサーが今日起きたことを伝える声。ひな壇で茶々を入れ笑いを誘う芸人の声。テレビから流れる興味をそそるような効果音。贔屓をする野球チームがサヨナラ勝ちしたのか、おじさんの喜びの雄叫び。すべてが生活感にあふれ、現実的な音が団地と団地の間にこだましている。向こうの道路ではアクセルを吹かして走るバイク数台の音がする。ちょうどこの時期になるとこの音が近所の風物詩となる。今までどこに隠れていたのだろうかと不思議に思うが、窓も屋根もないバイクで走ると気持ちいいだろうなと妄想にふける。


 体内の水分がすべて体外に出て蒸発し、道端で干からびるミミズのようになってしまうのではないかと思うほどの暑さが毎年のように襲い掛かる。加えて去年、今年とマスクを着用し外出するのが常となったため、より息苦しい夏となっている。
 日中の暑さは体に堪えるが、真夏とは違い朝と夜は窓を開けるだけでなんとかなる日もまだ多い。朝と夜に窓を開けると、まだ少し涼しい風、日中は聞こえないテレビの音やおじさんの雄叫び、ちょっと遠くだがはっきりと聞こえる爆走バイクのマフラーから放出される排気音が聞こえる。冬は不純物が混じっていない風が窓を開けると部屋に入ってくるが、風の冷たさと不純物がない分引っ掛かりが無くなんだか寂しく感じる。それに比べて今はいろんな音や不純物が混ざって部屋に入ってくるから、そこまで寂しく感じなくて意外と好きだ。非の打ち所がない清楚美女よりも、少し抜けていて少し癖がある女性の方が惹かれるのと同じ原理だと僕は勝手に思っている。


 暑さでやられているせいか、部屋の中に余分な二酸化炭素がひしめき合っているせいか分からないが、中身のない文章を書いてしまった。僕はぐっと伸びをして窓を開ける。目の前の団地からはもう音が聞こえなくなっていた。

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