2050年を創るムーンショット双方向対話 エピソード1:若者を引き付ける投資の重さと農業プロジェクトの多様性
2024年8月20日、東京都江東区の日本科学未来館にて生物系特定産業技術研究支援センター(BRAIN)主催の「2050年を創るムーンショット双方向対話 エピソード1 あなたが決める未来の食と農」が開催された。
本記事ではイベント内で行われたポスターセッションや投資ゲームといった企画の大筋を記載していく。
ムーンショット計画とは
あまり耳馴染みの無い方もいるであろう「ムーンショット計画」とはいかなるものであろうか。
正式名称は「ムーンショット型研究開発制度」といい、内閣府が主導となって行っている取り組みがこれにあたる。
アメリカ合衆国のジョン・F・ケネディ大統領が、「1960年代が終わる前に月面に人類を着陸させ、無事に地球に帰還させる」という実現困難な月面着陸プロジェクト (アポロ計画)を1969年に実現した事から『破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する国の大型研究プログラム』をムーンショット型研究開発制度と命名している。
その目標とするプロジェクトの内容により目標1から目標10まで合わせて10の領域が存在し、今回のイベントでは目標5の「2050年の食と農」がターゲットとなっている。
来たるべき未来における食料供給事情を支え、あるいは発展させていく為に必要な技術の開拓の為、生物系特定産業技術研究支援センターは8つのプロジェクトを推進している。
今回のイベントでは、その8つのプロジェクトがプレゼンテーションやポスターセッションという形で紹介された。
様々な切り口から開かれる新しい農業の形
日本科学未来館の7Fのコンファレンスルーム<木星>にてポスターセッションが開催されると、各プロジェクトの担当者や関係者に対して参加者が引っ切り無しに質問する光景が見られ、プロジェクトの概要や今後の展望などに大いに興味を寄せていた。
本記事でもその中の2つを紹介させていただこう。
ひとつめは北海道大学の小池 聡教授が中心となって取り組んでいる「牛ルーメンマイクロバイオーム完全制御によるメタン80 %削減に向けた新たな家畜生産システムの実現」である。
これは世界で約15億頭が飼育されているウシに由来する温室効果ガスの削減に焦点をあてたプロジェクトだ。
実は反芻動物である牛のメタンガスが環境に与えている影響は無視できないほどの量となっており、世界の農業分野における温室効果ガスの排出源として消化管発酵で生じたメタンガスがかなりの割合を占めている状態だ。
工業や流通など多くの産業分野で温室効果ガス排出量の削減が急務とされている状況において、牛を用いた畜産業がこのまま何も対策をしなければ将来的に向かい風を受ける状況になることは避けられない。
今後も畜産生産の流れを停滞させることなく、牛のメタンガスの排出を抑制しなければならないのが現状の課題だ。
この問題に対するブレイクスルーとして、もともとメタン排出量が少ない牛に着目し、その消化管環境を餌や生菌製剤で再現する事で、メタン排出が少ない消化管発酵へと導く事ががこのプロジェクトの目標である。
実際にメタンガスの発生を抑止する為の細菌群は発見されており、これを生菌資材として牛に投与してメタンをどれだけ抑えていくか、有効なタイミングや量を計測していくのがこれからの展開となっている。
この抑制策により本来排出される分のメタンガスをカーボンクレジット化することで畜産農家の収入を底上げしつつ、流通・消費に関わる人々の理解を得ながら環境に配慮した畜産物への関心を高め、将来的には関わるすべての人たちにメリットが生まれる仕組みを作る事が重要との事であった。
ふたつめは山形大学の古川 英光教授が中心となって進めている「低温凍結粉砕含水ゲル粉末による食品の革新的長期保存技術の開発」である。
これは昨今高まるフードロス問題、あるいは流通させるのには適さない規格外の農水産物、未利用の農水産物、例えば傷がついていたり、産地で熟しすぎて出荷時期を逃すが、実際には熟していた方が美味しくて栄養価も高いもの、さらには豊作時の出荷調整により市場に出回らなかった農水産物などの再利用法として期待されている。
この技術に用いられるものとして、液化天然ガスの気化熱が着目されている。
液化天然ガスの気化熱として発生する冷熱は、文字通り物体を冷却出来るだけの低温のエネルギーだ。
これを先程の食品に対し凍結の為の冷媒として利用することで、食品の水分を残したまま凍結・粉砕し粉にする事が可能となったのである。
この技術の特徴としてはいわゆるフリーズドライ技術と違い、水分を含有したまま凍結し粉体にするという点が挙げられる。
食品の持つ香りは含有された水分があってはじめて感知できるだけの強さを持つ為、脱水し凍結粉砕した物に関しては製品の内外に後から香り付けをする必要が出てくる。
だが水分を残したまま冷凍出来れば、この粉末単体で香り付けとして機能する他に水分を加えてジャムやペーストといった状態に加工する事が可能となるのである。
他にも半個体のムースやゼリー状にした食品を廉価食や携行食といった分野に応用する事も期待されている。
現在は粉体への加工が済んでいる為、今後は普及のための施策や冷却の為の冷熱エネルギーの効率的な調達等を軸に展開を進めていきたいとの事であった。
その他にも様々なプロジェクトがポスターセッションという形で紹介されていたが、この一連の紹介やスピーチによるプロジェクトの説明はただ単にプロジェクトを紹介するに留まらない重要な要素が存在している。
それがこの会場で実施されるもう一つのコンテンツ「投資ゲーム」である。
必要な情報を得ていかに双方納得出来るかが投資である
このイベントの参加に際し、リアル会場・オンライン会場参加者はそれぞれ「模擬通貨 100 ムーンショット」が付与される。
そして参加者は発表された8つのプロジェクトに対し、通貨10ムーンショット単位での投資が行えるのである。
「サステイナブルな社会づくりに役立つ、産業と生活の質の向上に寄与する、生産者~流通関係者~消費者が歓迎する、実現可能で確実性が高いプロジェクト」への投資が推奨される中で、各参加者がどういった視点でプロジェクトに共感・興味を持ち、手持ちの通貨を投資していくのかが注視された。
結果はどのプロジェクトに対してもほぼ均等に投資が行われている状況となり、大学生以上と高校生で投資先にバラつきが見られており仮想の投資行為であっても一概にこうと言い切ることは出来ない点は非常に興味深い結果となった。
また単一のプロジェクトに留まらず、複数のプロジェクトに対し投資を行う参加者も多く見られた。
そのうえで投資結果に対する総括として「仮想の通貨かつ短時間で状況を決定しなければいけないからこそ、性急に投資先を決めたという人もいるのではないか」という仮定が投げかけられた。
続けての内容としていわく、仮想の通貨ではなく現実で自身が保持する資産を投資するという立場に立った場合、1時間や2時間の発表や対話で投資先を決める事は早々無いというのが一般的である。だからこそ現実で投資を行う際には十全な説明と対話、分析を行った上で時間を掛けて投資先を決めるという事が大切であると締めくくられた。
参加者の中には会場内で頷く姿も見えたのが、この内容に対しどれだけ興味があるかを示している。
資産形成を含めた金融教育にフォーカスが当たっている昨今、特に若年層に向けて非常に良い刺激となったのではないだろうか。
ただプロジェクトを紹介するにとどまらず、これからを担う世代に対し投資行為という形で文字通りの「対話」を引き出したムーンショット双方向対話 エピソード1。混迷を見せる今後の農業事情に対し、光明を見出す次代の逸材が羽化するきっかけとなることを願ってやまないものである。