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生まれて初めて、リアルに「結婚したい」と思えた夜

我が家には今、「ブルーハワイ問題」が発生している。
「ブルーハワイ」とは、あのかき氷の舌が真っ青になるシロップのことではなくて、青いシュレックのぬいぐるみのこと。

夫が喘息持ちなのもあり、出産に向けて断捨離と掃除をしているのだけど、このぬいぐるみをどこに置いておくかがなかなか決まらない。

ミニマリストの夫は捨てたそうだけど、ブルーハワイは私が独身時代に友人から貰い受けてきた子で、長らく私の寂しい夜を支えてくれた。そう簡単に手放す気はない。
手洗いをして、天日干しをして、さっぱりした彼は今、私が積み上げた本たちの上に避難している。


新卒から働いていた会社をやめて、実家に一年くらい帰ったあと、貯金がなくなったのをきっかけに再び上京した私は、仕事と家が決まるまでの間、巣鴨に住む友人夫妻の家に転がり込ませてもらうことになった。

普段なら、友人宅といえど居候なんて絶対できない性格なのだけど、当時、夫妻の家にはもうひとり友人が居候していて気が楽だったし、何より私には本当にお金がなかった。
(働いていた頃の微々たる貯金は、税金を払うだけでどんどん消えていったのだ。これは想定外だった。)

昼間は大体、友人も旦那さんももうひとりの居候も、それぞれ外出していていなかった。

私は就職活動をしつつ、面接がない日は昼に起きた。
夫婦が飼っていた猫に餌をあげたり、TSUTAYAで借りた「じゃりン子チエ」のDVDを延々と見たりして過ごした。

友人の旦那さんは私たち3人より10歳以上も年上の穏やかな人で、音楽に詳しく、趣味といってしまうには上手すぎるバンドマンをしていた。そしておまけに、とても料理が上手だった。

夕方、女性陣が先に帰宅してリラックスしていると、最後に買い物をした旦那さんが帰ってくる。
わりと体力勝負の仕事をしている旦那さんは、疲れた顔も微塵もみせず、楽しそうに料理を次々に作ってくれる。

サラダ、副菜、そしてメイン。

「畑のお肉」という大豆のお肉を使って唐揚げをしたり、あっという間にラザニアを焼いてくれたこともあった。
ニンニク料理は、女性陣に気を遣って「翌日臭いにくい」というニンニクを使ってくれたし、たこ焼きパーティをしたこともあった。

そして、食べながら少しだけお酒を飲み、静かで控えめなパーティが始まった。

友人が抑えたボリュームでピアノを引き、旦那さんがギターを弾き、もうひとりの居候と私は歌ったり手拍子をしたりした。
楽しくなると夫婦がおもむろに踊りだし、私たちもよくわからなくなって、沢山笑った。


その友人の家には、ぬいぐるみや人形が沢山あった。

私が面接で遅くなった日、帰ると部屋の入り口にぬいぐるみたちが一列に並べられていて、その奥で「おかえり」と、友人たちが笑顔で迎えてくれたこともあった。

中でも、いつでもマヌケな笑顔のブルーハワイは私のお気に入りで、よく寝転がった胸の上に置いて抱きしめていた。

就職して、新しい職場で働き始めた不安な日々も、家に帰ってみんなと話をしているうちに乗り越えられたし、引っ越し先が決まって出ていく日には、私が一番気に入っていたブルーハワイをお祝いにくれた。


そんな日々を経て、再びひとりで住み始めたとき、私は生まれて初めて、ひとり暮らしがとても寂しいと思った。
家に帰ったときに、誰かにいて欲しくなった。

私は昔、親とあまり仲良くなかった。
小学生の頃から、ご飯を炊いていないとか、洗濯物を入れていないとかでよく怒られたし、高校生の頃は特に険悪で、父には毎日のように怒鳴り散らされた。母とも、相談したりグチを言ったり、心を開いた会話をしたことがほとんどなかった。
親が帰宅すると緊張したし、家にいるときはなるべく部屋に籠っていた。

漠然と「いつか結婚したい」と思ってはいたけれど、実際に人と付き合うとか一緒にいるというのが、どういうことなのかイメージが全くできていなかった。

結婚していく友人たちを羨ましく思い、焦ったりはしたけれど、
心の奥底では、
結婚して妻になること、誰かと一緒に暮らすことは、やるべきことが増えて、緊張して、背伸びして、頑張らないといけないことのような気がしていた。


だから、結婚した友人夫婦がこんなに自由で、子どもみたいにはしゃいで、そりゃいろいろとあるだろうけれど毎日楽しそうに生活を営んでいることに、
本当に感動したし、素敵だと思ったし、なにより本気で「私も結婚したい」と思うことができた。



それからしばらくして、私はマッチングアプリに登録した。
1か月くらいで夫に出会って、1か月くらいで付き合い、その1年後に結婚した。

夫になった人は、ぱっと見クールで、強面で、冗談なんて言わなさそうだけど、家では冗談ばかり言って、よく変な替え歌を歌っている。
料理はほとんどしないけれど掃除が得意で、びっくりするくらい洗剤に詳しい。

昔は仕事で何かあると、家に帰っても寝るまで考えてしまったけれど、そんなことはなくなった。夫が帰ってくると、私はとても安心する。


私の人生を変えてくれたあの居候は、たしか1か月以上に及んだと思う。
友人も旦那さんも、本当はふたりの時間が欲しいときもあっただろうし、いろいろと思うこともあったと思う。

それでも、最後まで優しく、楽しく、温かく接してくれた友人夫婦に、今も心の底から感謝している。



私の、長文になりがちな記事を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。よければ、またお待ちしています。