「取次筋斗」読めますか?(ゲス漢24)

※答えは最下段にあります。「ゲス漢小説」内にお題の漢字が出てくるので、よかったら推測しながらお読み下さい。

 寝室のドアをあけると、妻はフローリングに正座していた。
「すみませんでした」
 浮気を反省しているらしい。他の男と何をしていようが俺は構わない。俺が許せないのは「自分が知らない」ということだ。
「相手は誰だ?」
「その……」
「この前会ったとかいう同級生か?」
「はい、公園で偶然に声かけられました……」
「公園? 俺には駅で会ったと言ってたぞ」
「そう、言ったかもしれません」
「かもしれない? そういう曖昧(あいまな)な答えが一番いけないんだ」
 たしか小学5年生のときだ。漢和辞典を読んでいたら誤植を見つけた。「洒落」(しゃれ)という字に一本多くて「酒落」となっていた。酒に落ちるでは酔っ払ってマンホールにでも落ちる意味ではないか。
 俺は出版社に抗議の手紙を送った。そしたらどうだ。何やら大学の教授とやらが返事をよこした。そこには「洒落」の語源には諸説あって、酒に酔って相手を笑わせることという意味もあるのだとあり、さいごにあろうことか「なんてね」などと書かれていた。教授流のジョークらしい。誤植が「洒落」だっただけにとぼけたつもりなのだろう。さらに、君は小学生にしてこれに気づくとは素晴らしいとか漢字検定を受けてみるといいなどの褒め言葉がつらつらと書かれていた。漢字検定など俺はすでに最難関の1級を合格していた。取次筋斗で、肝心(かんじん)な謝罪の言葉が最後までなかった。
「嘘をついたのか。いい間違えたのか。どっちなんだ?」
 妻を詰問(きつもん)した。
「間違えたのだと思います。でも、彼のことを隠そうとして無意識に嘘をついていたのかもしれません。」
「なるほど……」
 そうか。そういうことならあるかもしれない。
「すみませんでした」
 手をついて謝った。
「次からその男と会う時はしっかり言うように。いいな?」
 正座したままの妻の横を抜けて、自分のベッドに座った。
 妻は振り返らずに言った。
「もう会いません。わたしみたいな姥桜が、恋をしようなどバカでした」
 妻は姥桜という言葉の意味を勘違いしているらしい。謙遜のつもりで言ったようだ。俺はあえて指摘しなかった。
「ああ、お前はほんとに姥桜だよ」
 俺はベッドに潜って目をつぶった。姥桜の正しい意味を妻が理解しないことを願って眠りについた。

今日の漢字:「取次筋斗」(しどろもどろ)
話しの筋が通らず、あっちこっちにつかえるさま。乱れたさま。支離滅裂(しりめつれつ)と同じ。「しどろ」は乱れたさま、とりとめもないさま。そこをリズムで強める「もどろ」がくっついたということらしいですが、漢字の方は当て字で由来がはっきりしないようです。僕の持っている広辞苑や漢和辞典でも見つかりませんでした。「何か知ってる人は教えてください」という投稿なんかも見かけたので漢字の方は死語なのだなと思います。「妖怪しどろもどろ」とかいそうですが笑

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