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[読書メモ]公共セクターのリーダーシップ、PM、新しい資本主義

イギリスの経済学者 マリアナ・マッツカート氏の近刊『ミッション・エコノミー』が面白かったのでメモです。

この本では、新自由主義(ネオリベラリズム)の潮流のなかで、公共セクターの機能が低下し、「過度な外注化・大手コンサルへの丸投げ」が蔓延する状況を批判。1960年代の『アポロ計画』を模範として、ミッションと信念に基づく公共セクター(政府)の強いリーダーシップ・リスクテイク・集中投資こそが、社会課題解決をリードする……と提言しています。

過度な民営化・コンサル丸投げの問題点

  • コストの肥大化

  • サービス品質の低下、プロジェクトの失敗

  • モラルハザードの発生

→イギリスではデロイトやPwCみたいな「コンサル」に一次請けを投げるらしいんですが(日本で言う電通的ポジションと理解)、そもそもコンサルティング会社に執行能力があると見なされているんでしょうか……?

1980年代の公共選択理論・NPM(New Public Management)・PFI (Private Finance Initiative)といった、民間に任せることを是とする考え方が、結局は良い成果を生まなかった流れが紹介されます。

アポロ計画に学ぶ、あるべき「公」側のリーダーシップ

  • 一見迂遠に見える科学研究への集中投資

  • 「乗数効果」「波及効果」によって支出以上の価値を生み出す

  • ミッション/パーパスに基づく明確な方向性のもとで、幅広いアクターに投資すること(Portfolio、リスク分散の観点)

  • 公共セクターこそが積極的にリスクをとること

  • 円滑なコミュニケーションをリードすること

→リスクテイクを含む集中投資の成功例として、インターネットの大元でもあるDARPAが、SiriやモデルナのmRNAワクチンにも投資していた話などがたびたび出ています。

私は「民」のほうで受託PM職をしばらくやってきたのですが、この経験からも、公共セクターの「発注力」こそが課題解決のキモであるという視点には賛成です。また、「ミッションを掲げ、リスクを取り、リードする」という大元の機能は外注化が不可能で、発注元で内製するしかないという構造にも賛同します(受託者は、発注者が言語化できないところを整理・支援することはできますが、受託者以上の熱量でリードすることは不可能)

特にポイントだと思ったのは「リスクテイク」という点。これは「税金でギャンブルをしろ」ということでは全く無く、十分な「リスクの読み」と「継続的なリスクマネジメント能力」を備えた発注者が、明瞭なミッション/パーパスと断固たる意思をもって予算執行を貫くべき……という話だと理解しました。

Amazonのレビューを見ると「日本では当てはまらない」という絶望的なコメントもあり、気持ちは分かるのですが、デジタル庁立ち上げ時のPM職募集のころは、民間セクターの第一線の人材を集めようとしている姿勢が窺えましたし、「公共セクターが経験豊富なPM人材を雇用し、その人々が発注元としてプロジェクト群を指揮する」という未来には十分可能性があるように思います。

事例の一つとして、ドイツの「エナギーヴェンデ」(Energiewende;エネルギー転換) が言及されています。再エネ発電量の大幅増やEVの急速な普及などの成果は、やはり大上段にでかいイシューを掲げ、強く旗を振る政府の方針定時が必要なのだなと感じます。もちろんよい話だけでなく、低所得層の負担増など格差拡大の問題も以前から出ています(これはアポロ計画のときも、貧困問題が放置され科学領域にお金が流れることにだいぶ批判があったというエピソードが紹介されますが、マッツカート氏はこれは「断固として科学投資したことがイノベーションを呼んだ」というニュアンスで肯定的に書いています)。

パーパスを掲げさえすれば些事には目をつぶっても良い、ということではなく、社会問題全体の解決に、どのように作用していくのかの大きな絵と、案件間がどのように連環して課題を解決するのか(本書の中では「ミッションマップ」という図解を紹介しています)なども考慮が必要です。こうした「強いリーダーシップ」を、この先の日本でどんな機関の、どんな人が発揮していくのか、注視していきたいと思います。


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動くマリアナ・マッツカートが見たい人は、TEDSummit 2019のTalk。

内容はわりとがっつり経済学理論史でけっこう難しかったです。

↓こちらはTEDGlobal 2013。残念ながら日本語字幕はなく英語ちょっと難しい感じでしたが、書籍の内容はこちらの方が近い感じです。当時45歳?挙措からラディカルな感じ。

【個人的にあわせて読みたい】ヤニス・バルファキスルドガー・ブレグマンダニエル・ヤーギン

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