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【連載小説】「好きが言えない 2」#3 別れ話

「なんで今更再編成なんだよ! 永江は俺らからレギュラーを剥奪しようってのか?!」
「夏の大会も目前だってのに、今から違うポジションになっちまったら調子狂うぜ! せめてポジションだけは同じで頼むよ!」
「調子が悪いのは本郷一人だろう? あいつだけ代えれば済む話じゃねぇか!」
 部室内で怒号が飛び交っている。その渦中に飛び込んでいく勇気がなかなか出ない。
 英語の再試験が終わってから来てみれば、やはりミーティングは荒れに荒れている様子だ。特に、三年生のレギュラー陣が激しく抵抗しているようだ。
 部活が始まってからすでに一時間ほどが経過しているはずだが、この様子では今日の練習はなくなりそうだ。収拾がつくようには見えない。
「おい、その本郷は何でここにいないんだ? 逃げたのか?」
「調子が悪いから、練習に出るのもきまりが悪いとか?」
 と、急に攻撃の対象がおれ一人に向けられ始めた。これはまずい……。一人で慌てふためいていると、
「彼ならさっきから部室の外にいるよ。こんな話をしているから入りづらいんだろう」
 部長が一声発し、それからドアを開けた。
「いつまで聞き耳を立てているつもりだい? 君は何も悪いことをしていないんだから、堂々と入ってくればいいんだよ」
「あ、はい。すんません。……あの、再試験を受けてたので、遅れました。これからミーティングに参加します」
 格好悪いところをさらけ出すのは嫌だったけど、誤解を招くのはもっと嫌だったので正直に遅れた理由を告げた。何人かが大きくため息をつくのが聞こえた。
 場を仕切りなおすように、部長が咳払いをして注目させる。
「まぁ、だれしも調子の悪い時はある。けがで欠場せざるを得なくなることも考えられる。部員数は限られているのだから、万が一のときの穴埋めがすぐにできるようにしておく必要はあるはずだ。
 さっき今更再編成なんて、と言った人がいたが、一年生を加えた再編成をするのは、中間テストが終わった今がベストだと僕は考えている。一度レギュラーになったら安泰、練習をさぼってもいいなどと考えているのだとしたら、そういう人間こそ外れてもらわなくちゃならない。試合は常にベストメンバーで臨まなければ勝てないからね」
 異論のあるものは挙手を、という部長の言葉にはだれも手を挙げなかった。
「ならば、ミーティングはこれまで。一週間後の適性テストまで、各人、しっかりと調整しておくように」
 調整って、何すりゃいいんだよ……。などというぼやきが聞こえ、一同はぞろぞろと動き始める。長丁場になると思ったミーティングは、部長の強い発言力によってあっさり終結した。
「部長、あの……。ありがとうございました。遅れたのにフォローしてくれて」
 おれは気を遣ってくれた部長に礼を告げた。しかし部長は静かに言う。
「そもそも、遅れてこなきゃならない要因を作り出したのは君自身だ。エースピッチャーでい続けたいなら、勉学も野球も、もう少し気を引き締めて臨んでもらいたいものだ」
「……はい」
「ライバルは手ごわいぞ。特に、野上クンは」
「わかってます」
「一週間後の君の投球を楽しみにしているよ」
 そういうと部長はバットを手に取り、部室の外に出て行った。
 部室には、おれと詩乃だけが残った。
 詩乃の目を見る。何かを、訴えかけるような目だった。
「詩乃? どうした?」
「……しばらくの間、会うの、やめよう」
 絞り出すように発せられた言葉に、おれは耳を疑った。
「会うのを、やめる? いや、でもさ、部活では顔を合わせちゃうじゃん」
「私はマネージャーだから、自主トレ期間中は部活にでなくてもいいって部長に言われてるの。……私がいたらさ、祐輔、練習に集中できないでしょ。だから、会わないほうがいい」
「……で、でもさ」
「それでもエースなの? あっさり野上に譲り渡す気なの?」
「うっ……」
 ぜんぶ詩乃の言う通りだ。言われなくたって分かってることを、詩乃はあえて言ってきた。
「詩乃はいいのか……? その、おれと会わなくても、平気なのか?」
 弱気な発言なのは承知しているが、気持ちを確かめたかった。詩乃はため息をついた。
「祐輔って、ずいぶんな甘えん坊だったんだね。なんか……がっかり。もっと男らしいやつだと思ってたのに」
「…………」
「もし……。もし、一週間後の適性テストでピッチャーになれなかったらその時は……別れよう」
「えっ……」
「言ったでしょう? 私はピッチャーの祐輔が好きだって。……つまりは、そういうことよ」
 思いがけない言葉が続き、おれの頭はパニックに陥った。返事をすることすらできない。そのうちに詩乃は部室を出て行ってしまった。
 追いかけて「今の言葉は真実か?」と問いただしたところで、詩乃ならきっと「言葉通りよ」と返してくるだけだろう。言葉通り……。それが一番キツイ。
「……馬鹿野郎、おれ! 何を腑抜けてやがるんだ! 詩乃まで失っちまっていいのかよっ!」
 自分の両頬を叩き、叱責する。こんなんじゃダメだ。何とかしなきゃ。
 できることを、とにかく片っ端からやってくしかない。まずは、この一週間。死ぬ気で頑張らなければあとはない。

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