睡蓮

 町はずれの小学校の校庭には、少し小さいけれどきれいにそうじされた池があります。たくさんの鯉が泳いでいて、色とりどり、とてもにぎやかです。池には網がかけてあるので、かがんで見ないとはっきり見えないのが、少し残念です。池のまわりには花壇があって、これもまた季節になると、たくさんの花が咲いて、七色の虹のようになります。池の水面にも一輪の睡蓮が咲いているのですが、周りの花壇の花達と離れ、心なしか寂しげに見えます。

 三年前の夕焼けがとてもきれいな夕方のことでした。その小学校の用務員さんの部屋のドアをノックする音がしました。用務員のおじさんがあけてみると、小さな女の子が一人立って、泣いていました。
「どうしたんだい」
 おじさんがたずねると、
「とっても大切なものを落としちゃったの」 と女の子は泣くじゃくりながら言って、池を指さしました。
 おじさんはちょっと考えました。もうすぐ日が暮れてしまうし、池の中を探すのは大変だと思ったのです。
「何を落としたの」
 おじさんがまたたずねると、女の子は、
「とっても大切なものなの」
 と、そればかり繰り返し、泣き続けました。
「そうかい、そうかい、でも、今日はおうちへお帰り。お母さんも心配しているだろうから。明日になって日が昇ったら、おじさんが必ず探してあげるからね」
 女の子は少しの間泣いていましたが、おじさんを見上げると、
「うん」
 と小さく言って、そして、池の方へ走って行きました。
 少したって、おじさんが見てみると、女の子はまだ池のふちに立って、中をのぞきこむようにしていました。
「もうすぐ暗くなってしまうよ。早くお帰り。おじさんが必ず探してあげるから」
 おじさんが大声で叫ぶと、女の子は振り返り、そして小さくうなずいたように見えました。その時、おじさんには女の子の真っ赤に泣きはらし、大粒の涙を浮かべた目が、目の前に見えたような気がしました。

 次の日、学校は大騒ぎになりました。一年生の女の子が池でおぼれているのが見つかったのです。見つけたのは用務員のおじさんでした。朝早くに女の子の無くしものを探しに池に行ったのです。見つけた時、おじさんの耳に、女の子の悲しそうな声が聞こえました。
「とっても大切なものをおとしちゃったの」
 おじさんはとっても悔やみました。あの時行ってあげれば、この子の大切な命を救ってあげることができたのかも知れないと。
 その日から何日か過ぎた頃、池の中に、一輪の睡蓮が咲いたのです。上にかけられてしまった網を悲しそうに見上げているように見える睡蓮は、それから毎年、きれいな花を咲かせ続けているのです。