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ほんとにあったね

 「着いたね」
「うん、着いたね」
 やすこときょうこは、小さな港に立っていました。ここは日本海に浮かぶ小さな島です。二人は、今朝早く家を出て、新幹線とフェリーを乗り継いできました。小学校四年生の二人だけでの旅行は不安がいっぱいでしたが、東京駅で二人のお母さんが見送ってくれて、着いた駅では、駅員さんにフェリー乗り場を聞きました。
 今は八月、夏休みです。小学校の宿題を書くために、やすこのお母さんの実家があるこの島にやってきました。やすこのお母さんの家は、小さな民宿です。今日から三日間、そこに泊まることになっていて、二人はその旅行記を宿題にするつもりでいます。
 民宿は港からかなり離れたところにあるので、やすこのおじいちゃんが迎えに来てくれることになっていました。
「いるかな、おじいちゃん」
 まわりを見渡したやすこは、少し離れたところにとまっている車の横で、大きく手を振っているおじいちゃんを見つけました。
「おじいちゃーん」
 やすこときょうこは、車の方に走りながら大きな声で叫びました。
「よく来たなあ、やすこ。きょうこちゃんも遠くて疲れただろう。さっ、車に乗りなさい」
 おじいちゃんはにこにこしながら言いました。さっそく二人は、白いけどところどころへこんでいる車の後ろの席に並んで座りました。
「しゅっぱーつ!」
 おじいちゃんのかけ声とともに車は走り出しました。海沿いの道は少しでこぼこしていておしりが痛かったけれど、海から吹いてくる風がとても気持ち良くて、やすこときょうこは大はしゃぎです。
 二十分くらい走って、車は民宿に着きました。玄関には、やすこのおばあちゃんが心配そうに立っていました。
「おばあちゃん、久し振りー」
「お世話になります」
 やすこの元気そうな姿と、きょうこの少しかしこまったあいさつに、おばあちゃんは、思い切り嬉しそうな笑顔になりました。 
「さあさ、二人とも中にお入り。おなかすいてるでしょう、おやつを用意しておきましたよ」
 こじんまりとした民宿は、泊まることのできる部屋が五つありました。そのうちの一つに、二人は持っていた荷物を放り投げるように置き、おじいちゃんたちがいる居間に急ぎました。ちゃぶ台には、おいしそうなお菓子がたくさん置いてありました。
「さっそくだけど、今日の夜は、外に散歩に行ってみようと思っているんだ」
 おやつを食べたそうにしている二人に、「食べてもいいよ」と言ったあと、おじいちゃんが言いました。
「散歩って?」
 やすこが聞くと、おじいちゃんは、にっこりとしただけで、何も教えてくれませんでした。二人はおやつでふくれた顔をさらにふくらませましたが、おじいちゃんは、
「内緒」
 とだけ言って、楽しそうに自分の部屋に行ってしまいました。
「私も一緒に行くわよ」
 おばあちゃんも嬉しそうでした。

 夜になりました。お客様に出した夕ご飯の後片付けも終わった頃、おじいちゃんとおばあちゃんが二人を呼びにきました。
「そろそろ行くぞ」
 気もそぞろの二人とおばあちゃんを乗せ、おじいちゃんの白くてちょっとへこんでいる車が走り出しました。十分くらい走ったところに、島の岬がありました。
「ほら、降りて空を見てみろ」
 おじいちゃんはとても楽しそうです。二人は言われたとおり、空を見上げました。
「うわー」
「うわー」
 二人は同時に大声をあげました。
「すごいねー」
 空は満天の星空でした。びっしり星が詰まった空の真ん中に、さらにぎゅうぎゅうに星が詰まった白く太い部分がありました。それは都会では見ることができなくなった天の川でした。
「ほんとにあるんだね」
「あるんだね」
 やすこときょうこは、口を大きく開けたままずっと空を見あげていました。ぎゅうぎゅう過ぎて、はみ出してしまったかのように、たくさんの星が流れていきました。

 三日目、二人が帰る日になりました。
「もっといたかったね」
 おじいちゃんに港まで送ってもらった二人はとてもなごり惜しそうでした。 
「また来ればいいさ」
 おじいちゃんも淋しそうでした。フェリーから手を振る二人と、港に立つおじいちゃんの上には、海のように真っ青で大きな空が広がっていました。
「旅行記、書けるかな」
「天の川のこと、ぜったい書こうね」
「うん、書こうね」
「天の川、ほんとにあったもんね」
 いつまでも話し続ける二人のそばを、潮風が静かに通り過ぎていきました。