【アイドルマスター シンデレラガールズ】星々の立会人

人前で何かを上手くやって見せるのは、それほど簡単なことでない。
何千、ときに何万もの視線が集まるとなれば、なおさらだろう。
相手はお金まで払っている。
その緊張は、学芸会の発表や会社でのプレゼンテーションなどとは、きっと比べ物にもならない。
しかしそのぶん、無事に終わった際の興奮と感動もひとしおである。

卯月は、養成所での長期のレッスンを経てデビューを果たす。
少しずつ慣れてきた頃、美城常務が新しい営業戦略を打ち立てた。
その一環で、「シンデレラプロジェクト」を含む、全プロジェクトをいったん解体することが伝えられる。
社内には戸惑いが広がっていく。

プロデューサーは、美城常務に対する回答としてイベント「シンデレラの舞踏会」を企画する。
卯月の同僚のアイドル達は、自身の仕事で成果を上げることで、これを後押ししようと決める。

まもなく、凛が美城常務の主導するユニット「Triad Primus」に参加することになった。
さらに未央も、舞台への出演が決定する。
それからしばらく経ったときの出来事だ。
撮影において、卯月は何度やり直してもカメラマンの納得するポーズを取ることができなかった。
隣の小日向美穂はさかんに褒められているのに、である。
卯月はプロデューサーの勧めで早退する。

そして、養成所に戻りたいとプロデューサーに頼みこむ。
彼はその意義をあまり感じなかったが、卯月の熱意に負けて渋々受け入れる。

プロデューサーは、卯月に「ニュージェネレーションズ」のクリスマスライブのことを話す。
だが、不調を理由に断られる。
未央も卯月に電話をかける。
会いにいこうとするが、きっぱりと拒絶されてしまう。

プロデューサー達は卯月の異変を確信した。
未央と凛が養成所に押しかける。
そこで卯月はうなだれていた。
二人の質問に、彼女は自信がないからと返す。
凛は、あいまいな答えを続ける卯月にいらだつ。

彼女達は卯月と凛がはじめて出会った公園にいく。
そこで、凛は卯月に激しい口調で問い詰める。
卯月は笑ってごまかすが、それが本心からではないことを見透かされてしまう。
未央に促されて、卯月は語りだした。
やがて卯月は泣きながら発する。
「笑顔なんて、笑うなんて、誰でもできるもん……!」

ネット上で散々話題になった場面だ。
卯月はアイドルになるための努力を惜しまなかった。
養成所の同期達が去っていっても、相変わらず鏡を相手に踊り続けた。
けれども、その夢の先を考えていなかったのである。
第一話でプロデューサーにしゃべったように、やりたいことは山ほどあった。
ところが、どのようになりたいか、何をするべきかは分からなかった。

それでも、ここまで活動をしてこられたのは、両隣に未央と凛がいたからだ。
彼女達に引っ張られるように、場合によっては彼女が引っ張るように、アイドルとしての道のりを歩んできた。
が、二人とは別々になってしまった。
新しいことに挑戦する彼女達は、どんどん先に進んでいく。
卯月だけが置き去りになる。
追いかけようにも、目標がはっきりとしない。
だから、何を頑張ればよいのかもつかめない。
卯月は焦る。
いつの間にか、他のアイドル達にも追い抜かれていた。
自身には何の強みもない。
彼女は恐れた。
がむしゃらに歩いたその果てに、いっさいの素質が備わっていないと判明したら、そこは光の届かない奈落である。

その不安を隠しきれるほどの技量が、今の卯月にはあるはずもない。
カメラマンもプロなのだ。
彼らは、経験も実力も数段上の高垣楓や城ヶ崎美嘉とも、当然かかわっている。
卯月が万全の状態で本気を出して、ようやく彼女達の引き立て役になれるかという段階なのである。
未央や凛にさえ見破られるようでは、アイドルとして働けるわけがなかった。

まず卯月には目指すべき場所を見定めることが必要だった。
プロデューサーの懸念通り、養成所でのレッスンは、まったく意味がなかった。
あてもなく走りまわっても、ただ疲れるだけである。
それは純粋な逃避にすぎなかった。

公園で、卯月がニュージェネの二人と会話してから数日が過ぎた。
一二月二三日、久しぶりに彼女は事務所を訪れる。
同僚のアイドル達に、それぞれのデビュー当初のことを教えてもらう。
その夜、卯月は自室でオーディションの合格通知を見返していた。

翌日、学校までプロデューサーが迎えにくる。
クリスマスライブへ向かう途中、ふと一軒のイベント施設が卯月の目に留まった。
そこでは以前に、アイドルのライブが開催されたことがあった。
卯月や未央、凛は観客として、そのステージを観た。
プロデューサーも手伝いとしてきていた。
彼の提案で、二人は立ち寄る。

今は舞台にも客席にも誰もいない。
卯月は改めて思い出す。
あのときのきらめきに、彼女は魅せられあこがれた。
舞台裏で、卯月はプロデューサーに、自身の取り柄がいまだに理解できないままだと打ち明ける。
プロデューサーは断言する。
選考からこの瞬間までずっと、彼女の魅力は変わっていない。
それは唯一無二の笑顔にほかならなかった。

プロデューサーは卯月にたずねる。
このままであり続けるか、あるいは再びアイドルとしての一歩を踏み出すのかを、自身で決めなければならない。
彼女は決断した。

卯月達はクリスマスライブに到着する。
未央と凛に、少し迷いが残っていると正直に話す。
二人は卯月を受け入れる。
開演の時間になった。
制服のまま、卯月は観客の前に飛び出す。
あいさつをするが、言葉が途切れてしまう。
同期のアイドル達が、彼女の色のサイリウムを振りながら声援を送る。
プロデューサーも信じている。
卯月はめいっぱい叫んだ。
「島村卯月、頑張ります!」
彼女の持ち曲『S(mile)ING!』が流れだす。
会場全体が、卯月の放つまばゆい光で満たされた。

第二期の後半でいちばん盛り上がるところだろう。
未央や凛の陰に隠れてほとんど注目されないが、ここでプロデューサーの果たした役割はとても大きい。
彼は見抜いていた。
卯月に宿る輝きは、失われていなかった。
美城常務に反論したように、いっときの雲に覆われて見えなくなってしまっているだけだった。
それを取り戻すためには、本人に前進すべき道を明確に示すことが大切である。
卯月にとっては、クリスマスライブが該当した。
あのとき、あそこで、返答を引き出さなければ、彼女は永遠にくすぶったままでうずもれていたかもしれないのだ。
プロデューサーのこの役回りは、『アイドルマスター』というシリーズから考えれば、実は当たり前のことであろう。

しかも、彼と視聴者達は、卯月の挫折と復帰とを目撃している。
あまり詳しくはないが、ライブはそれ自体が熱気を帯びるものだ。
そこにドラマを添えれば、興奮と感動はなおも限りなく高まる。
だから、実在のアイドルでも、MVのメイキング映像やライブまでのドキュメンタリーが作られるのである。
とはいえ、これらには編集が加えられている。
アニメも制作者やスポンサーの意図に従っているが、制約はよりいっそう少ない。
施設でのプロデューサーと卯月とのやりとりは、現実には再現が困難だ。
そこに都合よくカメラがあるはずはないし、仮にそのようでもやらせ、、、の印象が強くなる。

視聴者が本当に同じ体験をするならば、その職業に就くしかない。
しかし、誰もがアイドルになれるわけではないように、採用の枠も限られている。
向き不向きの問題もある。
それを幅広く叶えてくれるのが、アニメの、というよりかは創作の能力だ。

これは大半のアイドルアニメに共通する。
シリーズ最初の『アイドルマスター』でも、『ラブライブ!』や『アイカツ!』でも、他には『IDOLY PRIDE』や『Re:ステージ!ドリームデイズ♪』でもそうだ。
けれども、たいていはアイドル達が仲間とともに考え、障壁を乗りこえていく。
765プロのほうにも、そちらの要素を多く感じる。
『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』には似たところがあるが、侑はあくまでも女子高生であって本職でない。

シンデレラの舞踏会を見学した美城常務は、自身の理想とするアイドル像をプロデューサーに説明する。
彼女からすれば、アイドルとは、空高くそびえ立つ城に住まうお姫様だった。
みなが、神秘をまとって微笑む彼女を仰ぎ見る。
決して手の届かない孤高の存在である。

卯月は真逆だった。
一生懸命と笑顔とが持ち味の、ふつうの女の子にすぎなかった。
だが、プロデューサーは信じた。
少女達は、その胸にかけがえのない願いを抱いて、夢の城を見つめ進む。
そのひたむきな気持ちは、いずれステージをまぶしく照らす星となりうる。
事実、卯月はクリスマスライブで、あの美城常務すらも認めるアイドルへと飛躍した。

第二五話の冒頭で、アイドル達が問いかける。
一二時を告げる鐘が鳴った後、素敵なドレスもガラスの靴も消えてしまう。
灰かぶりシンデレラは、元々ごく平凡な女の子だった。
彼女を変えた魔法とは何だったのか。本当にあったのか。
答えは単純明快だ。
それはプロデューサーである。

が、それさえも物語の中に、さらにその外には創作という魔法もある。
複雑な仕掛け絵本のように、幾重にも念入りにかけ合わさっているのだ。
そして、これを目にしたときの興奮と感動は、私達のよく知るところである。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?