iPad楽しい
今日は在宅での勤務でした。疲れたー!
登校日にむけて、ずっと作るのをさぼっていた休校中の自習プリントを作った。
学年では、「このまま授業を止めたままじゃいけないよね」という意見が出ながらも、実際は教科書はまだゼロの状態。
保護者の方からは授業を進めてほしいという意見をたくさんもらった。
次の登校日にむけては、ネットを使わずにできる課題を出すことになった。教師の腕の見せ所というやつだ。英語の先生はDVDを配るらしい。音声がないとできない教科だから。
「これでいいのか?」と思っていたら、ゴールデンウィーク明けの登校日に、ネット環境調査ができることになった。厳しい結果になりそう。通常登校と導入とどちらが早くなるかは、良い勝負になるような・・・。
ネットを使う、使わないはどっちになってもいいから、私の勉強不足で生徒が損をすることになってはいけない。新しく学んだことは、すぐに役立たないかもしれなくても、今よりも可能性が広がるはず。
最近は、興味本位でKeynoteをいじっている。これがけっこう楽しい。
一年前くらいにiPadかっこいいなというだけの理由でiPadを買ってみた。
全然使っていなかったから、高額な買い物で損したかな・・・と思ったらそんなことはなかった。昨年度、やっと勤務校にiPadが導入されたので、「使える」レベルにしておかないといけない時期がきた・・・今年度に入って、それをさらに強く感じてひまがあればiPadをさわる。
今ハマっているのはKeynoteとアップルペンシルの組み合わせ。
YouTubeなどの動画で、いろんな人が説明してくれるので、「へえ〜こんなこともできるのか〜」と発見がある。いろいろな可能性が隠れていそう。普段の授業場面で使ったら、可能性が広がりそうだ。今までできなかったこともできそう。
やたら使えばいいってものじゃないんだけど、iPadのもつ可能性を知ることは、活用の一歩かなと思う。
三十年後とかを見越していくなら、今あるものを使う経験をさせないってどうなのかな・・・とこのごろ思う。「使う」というのは、いろいろなレベルがあるんだけど、触るだけでもずいぶん違う。十年後の世界なんてあっという間にくるのに、技術はすごく進歩するわけで。私はPCを小学校のころ、学校の授業でPCをいじらせてもらったことは本当に感謝しているし、今につながっていると思う。
家にPCのある環境で育った私は、家でもPCを触る経験ができた。これは相当幸せなことだと思う。
今、家にPCのない子はないからこそ、教育で触る経験があったら興味をもてるかもしれない。選択肢が広がるかもしれない。選べる権利はあっていいと思う。PCがないというのは自分で選んだ環境じゃない。与えられてしまった環境だ。格差があるから「やらない」「やれない」ということこそ、格差なんじゃないかと思ったり・・・。そうなると、なんでもかんでもやらないといけなくなるから、理想論?
iPadが導入されたことは、本当に意味のあることだと思う。だから、いろいろな場面で、「使う」環境も整備できたらいいなあ・・・(当然、使うことが目的ではないですが)。
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