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7月19日 An Irrelevant Death

実家から何十冊か本を持ってきた。

せっかくたくさんあるので、今日から毎日一冊ずつこの日記で紹介していきたい。

ということで、さっそく紹介しよう。

今日の本は安部公房『無関係な死・時の崖』。

『無関係な死・時の崖』は短編集だ。
収録作は、「夢の兵士」「誘惑者」「家」「使者」「透視図法」「賭」「なわ」「無関係な死」「人魚伝」「時の崖」。

その中から二作ほどご紹介しよう。

まずは本書の書名にもある「無関係な死」。

「無関係な死」の主人公、Aは見知らぬ男が自宅で死んでいるのを発見する。もちろん突然の出来事であるから、驚愕する。あまりに異常な事態にAは恐怖し、不安を覚える。そしてその心裡の隙間に入るように、A自身もまた不可解な、およそ論理的とはいえない行動をし始める――。

Aは、まだ閉め切ってなかったドアの隙を、そっと振向いてみた。首筋がマッチの軸を折るような音をたてた。階段の手摺りが白く光ってみえるほか、動く気配は何もなかった。ほっとしながら、あわててドアを閉め、そのほっとしたことに、いささかのこだわりを感じる。もしも、誰か居合わせたら、彼はすぐさまその相手に救いを求めていたにちがいない。なんら疾しいことはないのだから、そうするのが当然のはずだ。しかしいま彼はそう出来なかったことで、むしろほっとした。むろん、事態を冷静に判断するために、多少のゆとりを持つことが必要であったにしても、その心理の動きには、どこか納得しかねる部分があった。
199p

こうした非論理的な行動はさらに次なる非論理的行動を誘発する。


死体を運び出せばいい…この死体は自分とは全く関係がないし、今のところ自分と犯人以外はこの死体がこの部屋にあることを知らないのだから、この死体さえなければこんな面倒に巻き込まれることはない……。

さまざまな想像を働かせながら、Aは死体を転がせる。靴を使って上体を蹴って転がす。上衣にくっきりとした足跡がつく……。転がせると、床に血のしみがべったりとついていることに気が付く。手拭いを濡らして必死にしみを落とそうとする。ぜんぜん落ちない。では、石鹸を使えばどうだろうか。石鹸を泡立てて拭くと、さすがにしみは見分けにくくなったが、薄縁の繊維までも白く洗われてしまう。その白さを押し広げることにする……。全体に石鹸をつけて洗い流せばよい……。

それから、ふと、とんでもない廻り道をしていたかもしれないことに気づいたのだ。あるいはこの、ただ消すことにだけ専念していたこの血痕こそ、実は彼の無罪を証明し、救い出してくれる何よりの証拠だったのではあるまいか……。

(……)

それにしても、このとてつもなく白い床……もう何もをしても取り返しなどつきそうにない……弱音ははかずに、やはりこのまま、死体と闘いつづけるべきではなかろうか。いずれにしても、さあ、勇気を出そう。自首をえらぶか、死体との格闘をえらぶか、とにかく勇気が必要なのだ。どちらであろうと、より大きな勇気を必要とするほうが正しい解決にきまっている……
234-235p

こうしてAは取り返しのつかない事態にまで陥ってしまう。

安部公房が得意とする不条理小説の良さが端的に味わえる良作である。

この小説からは人間が不安を感じたときに、どれほど不可解な行動をするかを筋道立てて描写していて参考になる。サンクコスト効果という視点でも読めるかもしれない。

つぎは「なわ」を紹介しよう。

「なわ」はゲーム『Death Stranding』に影響を与えた作品である。
『Death Stranding』の冒頭には「なわ」の一節が引用されている。

「なわ」は「棒」とならんで、もっとも古い人間の「道具」の一つだった。「棒」は、悪い空間を遠ざけるために、「なわ」は、善い空間を引きよせるために、人類が発明した、最初の友達だった。「なわ」と「棒」は、人間のいるところならば、どこにでもいた。
196p

製作者は、『Death Stranding』はなわのゲームだと明言している。

僕は棒となわの話をよくしますが、人間はそれ以前に四つ足だったのが直立歩行になり、両手が自由になって、それで棒を持ちました。これが最初の武器というか、道具です。棒で嫌なものを遠ざけて、次はなわを発明して、好きなものをなわで繋いでおけるようにした、と。この2つで今の世界があります。人間の手は、グーを握ってパンチするのが棒、握手するとなわです。棒となわの両面を持っていて、それが人間の生まれた宿命のようなものです。どう使うかは僕らに任されているわけですが。

このゲームは、なわをテーマにしているので、棒を使うことをポジティブにしてしまうとゲーム性としてよくないですね。ただ、そこまで強く意識しているわけではありません。
https://theriver.jp/death-stranding-kojima-interview/

この「なわ」と「棒」の分類、覚えておくといいかもしれない。

ちなみにこの「なわ」という作品、けっこう陰鬱である。
気分が落ち込んでいるときに読むべき作品ではないと思う。

疲れてきたので、もう寝ようと思う。
もっとちゃんと書きたいけど……。また後日もっと詳しくしたのを書くかもしれない。

『無関係な死・時の崖』
『円』

(2022/07/19)

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