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乳化量最大化を目指したエスプレッソ抽出制御システムConnoisseur

岡田 拓真(おかだ たくま)

 岡田氏のエスプレッソ抽出器は,未踏IT人材発掘・育成事業において,落合が掲げる「デジタルネイチャー」のビジョン,すなわち計算機技術と自然環境の融合による新たな世界観の探求とその創発的な生活・ライフワークの具現化を目指す試みに合致する.落合が採択した2つのプロジェクトは,一見すると農業とバリスタ(エスプレッソをいれる職人)という異なる分野を扱っているが,いずれも人間と自然とテクノロジーの関係性を根本から問い直す挑戦であり,クリエータたちのライフワークとなり得る可能性を秘めていた.

 岡田氏が開発した「Connoisseur」(図-1)は,エスプレッソマシンの制御と抽出品質の客観的な評価を可能にするソフトウェア/ハードウェア統合システムである.このプロジェクトは,熟練したバリスタの勘と経験に依存していた「匠の技」を可視化し,誰もが一貫した高品質のエスプレッソを提供できる環境の実現を目指している.

 岡田氏がスーパークリエータに値する理由は,職人技の可視化と再現という,一般的な飲食IT化プロジェクトの共通課題に正面から挑んだ点にある.エスプレッソ抽出という一見ニッチな領域ながら,そこから導き出される知見は,ほかのさまざまな分野への応用可能性を秘めている.

図-1 Connoisseur

 岡田氏の情熱は,自身のバリスタとしての経験を基盤としつつ,それをIoTやAI,デジタルツインといった先端技術で昇華させようとする姿勢に表れている.現場の知恵を積極的に取り入れつつ,エンジニアリングで具現化していく.そのバランス感覚の良さが,システムの完成度の高さに直結している.

 技術面では,エスプレッソ抽出のプロセスをデジタルツインとしてモデル化した点が特筆される.リアルタイムのセンシングとシミュレーションを通じて,温度,圧力,流量といった各種パラメータを精密に制御し,最適な抽出条件の探索と再現を可能にした.さらに,画像処理と機械学習を用いてクレマ(エスプレッソ表面の泡)の量と質を解析することで,抽出品質の自動評価を実現した点も革新的だ(図-2).

図-2 Connoisseurを形作るハードウェア構成図

 プロジェクトを通じて,岡田氏は「エスプレッソエンジニア」とも呼ぶべき新たな職能を確立した.技術者としての力量はもちろん,ビジョナリーとしての資質も大いに高めることができた.コーヒー体験の本質を見据えつつ,それを最先端の技術で具現化するという,彼のスタンスそのものが「Connoisseur」だったと言える.

 今後,岡田氏には以下のような発展を期待している:抽出プロセスのモデル化をさらに進め,官能評価との相関を高めていくこと,多様な嗜好に対応するための,パーソナライズ機能の拡充,ユーザインタフェースの洗練により,より直感的な操作性を実現すること,Connoisseurの機能をAPIとして公開し,ほかのアプリケーションやサービスとの連携を図ること,応用可能性の探索と,量産化を含めた汎用的なプラットフォーム化を検討すること,などである.

 Connoisseurは,伝統的な職人技とデジタル技術の融合による新たな価値創造の可能性を示す,まさに未踏的なプロジェクトだ.岡田氏には,このプロジェクトを自身のライフワークとして発展させ,コーヒー文化の新たな地平を切り拓いていってほしい.彼の挑戦が,職人技の民主化とも言うべき新しいサービスや文化的発展をもたらし,人々の日常に小さな喜びをもたらすことを確信している.

(担当PM・執筆:落合 陽一)

[統括PM追記]
 私は普段はコーヒーを飲まないが,岡田さんのConnoisseurが抽出した「完熟マンゴー」の味がするというエスプレッソには驚いた.「えっ,これがコーヒーの味?」本当にこの一言に尽きる.同じ豆でも抽出の温度,圧力,流量などでかなり味が違ってくる.当初はエスプレッソの上にできるクリーミーな泡の量を最大化するという目的だったが,これならライフワークになり得る.まだ,多くの豆の種類で実験していないようなので,さらに奥深い世界が待っていると思う.これまでも似たシステムはあったが,バリスタによる評価が必要だった.ちょっと見えにくいが,図-2の右上の自作基板の中にBarista is deadという銘板がある! 岡田さんの真の狙いが垣間見える.

(2024年7月1日受付)
(2024年9月15日note公開)