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高校生の皆さんへ,研究を通して 自分の可能性を広げよう!

間辺広樹(神奈川県立柏陽高等学校)

高校生に「今,求められる力」

 変化の激しい社会を生きていくために,高校生に求められる力も変化している.文部科学省は「今,求められる力」を「課題発見・解決能力」「論理的思考力」「コミュニケーション能力」とし,総合的な時間を柱とした探究的な学習などを通して育成することを求めた[1].

 この力が育つ学習活動は「研究」である.多くの高校生にとって本格的な研究をした経験はないであろう.そのため「研究すること」は,雲を掴むような話に思えるに違いない.

 しかし,本会会誌8 月号のコラム[2]で紹介されている通り,高校生でも「新規性・有用性のある研究をすることは十分可能」である.私は柏陽高校の「総合的な学習の時間」で,研究の指導をしてきた.研究は高校生にとって楽な学習活動ではなく,教員にとっても難しい指導となる.

 その一方で,高校生の活動の様子を見ていると,誰もが陥りがちな誤りや甘さがあることに気づく.そこで,カリキュラムや指導法を見直した結果,主体的に取り組む生徒が増えたように感じている.また,一部ではあるが,指導した高校生が本会の研究会で発表して学生奨励賞を受賞してくれた[3].また,他校の生徒ではあるが(実は息子です),指導した論文が本会論文誌「教育とコンピュータ」特集号に掲載される[4]という成果を残せるようになった.

 本稿では,研究することに不安を感じたり,漠然としたイメージしか持てない高校生の皆さんに,研究を行うためにどのような力を身に付ければよいかを指南する.内容の一部は高校生の研究指導をまとめた以前の記事[5]と重なるが,今回は多くの高校生が躓くポイントを中心に示すことで,研究活動を充実させるための高校生へのメッセージとしたい.その上で,研究することの楽しさ・素晴らしさを示すとともに,研究によって自分の可能性を広げられることをお伝えする.

研究するってどういうこと?

 実は私自身は大学院に入ったのが40 歳代と遅く,いまだ十分な研究実績を残せているわけではない.そんな私が,研究することについて語ろうとすることには無理があり,多くの研究者の方々から厳しい目で見られるであろう.しかし,高校生と接している立場だからこそできる指導もあるかもしれないということで,お許しいただきたい.

 さて,高校生が研究を始めようとすると最初にぶつかる壁が,「研究するってどういうこと?」という問題である.高校生に向けた研究の指南書[6]には,『研究』とは「何らかの学術的問題を提起し,その解決に貢献する」と説明されている.学術的問題とは「自分が知らないこと」ではなく「人類が知らないこと」を意味し,「その問題の解決を多くの人が望んでいる」ことが必要である.

 しかし,高校生の多くが研究とは「自分が知らないことを知ること」と捉えてしまうようである.その結果,「なぜ三角形の内角の和が180°なのか」など,分かりきったことを調べただけで終わってしまうケースもある.「自分が知らないことを知ること」は『研究』ではなく,『勉強』である.

 逆に「人類が知らないこと」に過剰に反応して「宇宙の謎を明らかにする」などと大がかりなテーマを考える高校生もいる.夢は大きい方がよいが,自分(たち)ができる範囲での研究を考えなければ意味がない.そこで,身の周りにある題材に目を向けさせることになる.実は,我々の身の周りには「人類が明らかにできていない未解決問題」がたくさんある.学校の中にも家庭の中にも,生徒一人ひとりの心の中にさえも存在する.したがって,まずは高校生ができる研究テーマを見つけようとする姿勢が,研究の第一歩である(テーマ選びについては次のページにて改めて説明する).

高校生が躓くポイント

 研究は人類最高の知的生産活動であり,さまざまな力を統合して成し遂げられるものだと思う.私は研究に必要な力を「1. 創造力」「2. 統計的思考力」「3. 批判的思考力」「4. 論理的思考力」「5. 情報収集能力」「6. プレゼンテーション能力」「7. 表現力・文章力」として示し,意識してそれぞれの力が身に付くように指導をしている.この中から,高校生が身に付けることが困難な力について,課題などを示す.

❏統計的思考力

 まずは,統計的思考力である.研究では,実験や調査で得られた客観的なデータから,何が言えるかを考えることが必要である.しかし,高校生の研究発表を聞くと,次のような不十分な状態で結論を述べてしまうケースが多い.

・実験や調査の精度が低い
・分析で必要とするだけのデータがない

 つまり,「精度の低い実験を1 ~ 2 回行って,その結果から結論付ける」という発表になっているのである.たとえば「頑張れと言えば植物は伸びる」といった仮説に対して,話しかける植物と話しかけない植物はそれぞれ1 本ずつしかなく,偶然にも話しかけた植物の方が伸びたとき,「頑張れと言った植物はよく育つことが分かりました」と,結論付けてしまうのである.

 このような研究をしてしまう生徒に対しては,「実験や調査の精度を上げなさい」「十分な量のデータを用意しなさい」と指導するわけだが,それを実行に移せる高校生は思いのほか少ない.そこで,私はこの課題に対して表-1 のような対策を施してきた.

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表-1 統計的思考力向上に向けた対策

 これらの対策には一定の効果は見られるが,残念ながら十分なものではない.たとえば,数学Ⅰ「データの分析」で標準偏差を算出できるようになったとしても,2 つのグラフを比較して散らばりの大小を論ずることができない生徒が多いのである.

 日本は統計教育が遅れているといわれるが,研究指導をしているとその現実を目のあたりにする.本誌を読む高校生の皆さんには,統計的なものの見方や考え方を身に付けてほしいと思う.

❏批判的思考力

 統計的思考力と関連して指導が難しいのが,批判的思考力である.批判的思考力とは,「本当にそれが正しいのか」と慎重に情報や物事を捉えようとする力・姿勢である.しかし,高校生段階では疑うことや批判することを『悪』と考えてしまうのか,自分(たち)の研究や友人の研究に批判的な目を向けようとしないことが多い.あるいは,心で思っていても「お友だち」の研究の不備等を指摘することに躊躇いを感じてしまうのかもしれない.

 しかし,その結果として根拠や信頼性等が不十分な研究が「まかり通ってしまう」ことになる.このことは研究活動の質に大きくかかわる.

 この問題に対して,私が施した対策は,ポスターセッションなど,相互の研究をチェックし合う機会を増やしたことである.対策としては決定的なものではないが,それでも何度も第三者の批判の目に晒すことには一定の効果がある.

 「自分がよければいい」という価値観ではなく「他人を納得させることが必要」と思えるようにならなくてはいけない.また,他者からの指摘を受け入れることも必要である.「そうか,こういう風に解釈する人もいるのか」と真摯に捉えて,改善を検討することも必要である.

 一方で「皆さんはそう思うかもしれませんが,私たちはこのように結論付けました」と自分たちの考えを聴衆に強要するかのような発表も聞くことがある.客観性を失ってしまった「残念な」例である.その意味で,研究を成功させるためには,他人の意見に耳を傾ける謙虚な姿勢や,より深く物事を考えようとするしぶとさなども大切な要素といえるかもしれない.

研究テーマ選び

❏独創性

 研究を進める上で最も大切なことは「テーマ選び」である.これまで見てきた高校生の研究でも,「良いテーマを選べば,良い研究(学習)活動に繋がる」と言っても過言ではない.「広く浅く」ではなく,「狭く深く」掘り下げられるテーマであることが必要である.しかし,テーマ選びは実に難しい.

 「高校生でもできる」を基準に考えたとき,身近な題材で考えようとする.それ自体は問題ないのだが,残念ながら多くの生徒が「似たような」題材を選んでしまう,という現象が毎年起きる.たとえば頻出するテーマは以下のようなものである.

・授業中眠くならない方法
・色による記憶力の違い
・頑張れと言えば植物は伸びる

 もちろん,これらのテーマであっても,研究になるかもしれない.しかし,これまで私が見た例では,前述したような「不十分の実験・調査の報告」であることが多い.そもそも誰もが思いつきそうなテーマは「安易である」と言わざるを得ない.深く考えていないことが,テーマ選びや研究の質に影響を与えているのであろう,と私は解釈している.

 では,どのようなテーマが良いのか? そのポイントの1 つは「独創性」である.誰も知らないことを明らかにしようとすることが研究であるから,誰も考えたことがないようなことに着眼することが必要である.そのために,私は次の2 点を考えさせるようにしている.

1.自分自身を見つめ直す(興味あること/こだわりを持っていること/ほかの人とは異なる考え方) 
2.高校生であることや,地域性を活かす

 まず,「自分」がどのようなことに興味があり,こだわりを持って行動しているのかを考えさせる.特に,ほかの人との違いは,研究の原石となる宝が眠っていると私は考える.文献4)でいえば,漢字をこよなく愛する高校生が「漢字を理解するためには機械的な反復学習ではなく,一字一字の意味を理解することが必要である」というこだわりからスタートした研究である.

 このように自分の世界で研究を進めることで,研究の面白さや意義を感じやすくなり,より積極的に研究活動を進めていけるのではないかと思う.その意味で,私は研究活動はグループでなく,個人で進めるべきだと思っている.ここは意見の分かれるところと思うが,グループでは「個人のこだわり」を押し出すことは困難である.その結果,「宝」が封印され,誰もが共通に疑問に思うようなことがテーマとなってしまうのである.

 また,高校生であることや,地域性を活かした研究を行うことにも意味がある.たとえば柏陽高校は戦時中の第1 海軍燃料廠跡地に建てられているが,その痕跡や地域の人とのかかわりなど,明らかになっていないことがまだたくさん残されていると思う.地域の人の話を聞きながら進めることで,学校や地域への愛着が湧くと同時に,新たな史実の発見によって地域に貢献できるかもしれない.

❏情報技術の活用

 情報技術の活用についても着目したい.特に,スマートフォンはカメラ機能やセンサ機能を用いることで,これまで個人では難しかった撮影や計測が可能になった.使い方次第でさまざまな研究を助けてくれる機器になるであろう.また,SNS のデータやインターネット上で使える分析ツールなども有効活用できそうである.

 さらに,プログラミングを習得すれば,これまで世の中に存在しなかったソフトウェアを開発することが可能である.その効果等を検証すれば立派な研究になる.

研究を通して広がる世界

 研究をすることで変わるものがある.それは「ものの見方・考え方」である.抽象的な表現だが「視野が広がる」のである.この違いが研究をすることの最大の意義であると思う.

 しかし,このことを高校生に認識させることは難しい.それはちょうど,高い山に登ったときにしか見ることのできない景色を,これから山に登ろうという人に想像させるようなものだからである.

 研究者はよく「研究は楽しいよ」と言うが,なるほど高みからの景色を想像することは,その経験がある人には楽しみとなるが,高校生の皆さんには「今は我慢して登ろうね.後で良い景色が見えるから」としか言いようがない.しかし,登る過程で身に付くものが「今,求められている力」であり,研究する力である.この力は社会へ出た後にもさまざまなシーンで活用できる.たとえば何らかの書類1 枚書くだけでも,研究経験は活きるのである.おそらく,一生の財産になるであろう.

 この力に価値があることは,大学の推薦・AO 入試の要項などを見ても分かる.推薦・AO 入試では高校時代の研究経験を問う大学が実に多いのである.冒頭で紹介した高校生らは,研究成果を用いて,いわゆる難関大と呼ばれる大学に推薦入試で合格し,夢を叶えている.国立大学協会は推薦・AO入試による入学者を,2021 年度までに定員の30%に拡大する目標を立てているが,一生懸命『研究』に取り組むことが,今後憧れの大学へのパスポートとなるかもしれない.

参考文献
1) 文部科学省:今,求められる力を高める総合的な学習の時間の展開(高等学校編),http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/sougou/1338359.htm
2) 奥村晴彦: ぺた語義: ジュニア会員に向けて, 情報処理,Vol.59, No.8, p.737 (Aug. 2018), https://www.ipsj.or.jp/magazine/9faeag0000005al5-att/5908peda.pdf
3) 根本美由樹 他:高校文芸部による文化祭でのスマホを利用した作品展示の試み,研究報告コンピュータと教育(CE),2015-CE-129(5), pp.1-7 (2015).
4) 間辺美樹 他:意味の理解に着目させる漢字学習ソフト『熟語マニア』の開発と評価,情報処理学会論文誌教育とコンピュータ(TCE),4(1), pp.16-30 (2018).
5) 間辺広樹:ぺた語義:高校生も学会で発表しよう!,情報処理,Vol.56, No.11, pp.1118-1121 (Nov. 2015).
6) 酒井聡樹:これから研究を始める高校生と指導教員のために,共立出版(2013).

(「情報処理」2018年12月号掲載)

■間辺広樹(正会員) manaty2005@mh.scn-net.ne.jp
 1986 年より神奈川県立高校教諭として勤務.2010 年より大阪電気通信大学の社会人大学院生となる.2013 年同大医療福祉工学研究科博士後期課程修了.博士(工学).主に,情報科学教育に関する研究に従事.2010 年本会山下記念研究賞受賞.現在,神奈川県立柏陽高等学校情報科・数学科教諭,ならびに東海大学理学部情報数理学科非常勤講師.