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量子計算の未来を見据えて

特集「面白いぞ量子技術」より

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長吉博成(東京大学)

量子プログラミングコンテスト

 近年,量子コンピュータに代表される量子情報処理への注目が高まるにつれ,さまざまな量子プログラミングコンテストが開催されるようになりました.これらのコンテストには,与えられた問題に正しく回答する競技プログラミングのような形式や,目的の計算をなるべく効率的に行うプログラムを作成するハッカソン形式などがあります.

 私が今回参加したIBM Quantum Challengeは後者であり,3週間にわたって量子プログラミングについて初歩から学ぶことができるものでした.第1週では量子回路の基礎について解説されており,簡単なタスクをこなすことでその扱いに慣れていくための内容でしたが,第2週ではそれを応用してパズルの解法を求めるという,よりチャレンジングな問題が与えられました.さらに最終週のコンテスト課題では,制約の中でなるべく低いコストの回路によって目的の計算を遂行することが求められ,将来の実用的な量子計算を見据えた実践的な内容となっており,とても刺激的でした.

 こうしたコンテストは非常に教育的であるだけでなく,一見簡単な問題であってもそのアプローチは多種多様であり,背後に深遠で面白いテーマが隠れていることも少なくありません.現在多くの学生や社会人が競技プログラミングを通じてアルゴリズム設計や計算量理論を学んでいるように,ひょっとすると将来的には量子プログラミングコンテストが盛んに開催され,多くの参加者が鎬を削ることになるかもしれません.

量子計算実験と理論

 私は現在,東京大学工学部物理工学科の古澤・吉川研究室に所属しており,光を用いた量子計算に関する研究を行っています.量子コンピュータといえば,Google社やIBM社が近年精力的に研究を推し進めている超伝導方式が有名ですが,光を量子情報の担い手とする光方式ではエラーに頑健な量子ビットの実装が提案されている[1]ほか,現在のCPUのような原理的なクロック周波数の制限がないという利点があり,高速で省エネな量子計算の実用化が期待されています.

 一方,光量子計算では,一部の量子操作の実装がきわめて困難であることが知られており,そのためリソース状態と呼ばれる特殊な状態を生成・利用して間接的に量子操作を施す手法が提案されています.私の卒業研究では,近年開発が進む超伝導測定デバイスを利用して「シュレディンガーの猫状態」と呼ばれる量子状態を生成する研究を行っており,光栄なことに本年度の優秀卒業論文賞および工学部長賞を受賞いたしました.

 光を用いた実験に際しては,緻密な設計のもと定盤上に所狭しと配置された無数のミラーや光学素子を1つずつ手作業で精密に調整する,アライメントと呼ばれる作業を頻繁に行わなければなりません(図-1).作業は大変ですが,チャンレンジを繰り返して最終的に目的が達成されたときの感慨もひとしおです.

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図-1 光学定盤上でのアライメントの様子

 このような実験面に加えて,私は現在,量子アルゴリズムの計算量理論に関する研究も行っています.たとえば,高速なデータ探索が可能になるGroverのアルゴリズム「2」を用いることにより,巡回セールスマン問題やグラフ彩色問題などの計算量が古典計算機に比べて指数的に改善されることが分かっています.興味深いことに,量子アルゴリズムを一種のサブルーチンとして用いることで,その仔細に立ち入らずともさまざまな問題に対して古典より高速な量子アルゴリズムを設計することができます.特に,競技プログラミングで用いられるような見慣れた古典アルゴリズムであっても,その一部に量子性を導入することで思いもよらない計算量の改善が見つかり得るため,まるで宝探しのような面白さがあります.

 量子計算はその誕生から日も浅く,今後どのような発展を迎えていくかはまったく未知数です.皆さんも,ぜひこうしたコンテストを通して,その面白さの一端に触れてみませんか?

参考文献
1) Gottesman, D., Kitaev, A. and Preskill, J. : Encoding A Qubit in An Oscillator, Physical Review A, 64(1), 012310 (2001), https://doi.org/10.1103/PhysRevA.64.012310
2)Grover, L. K. : A Fast Quantum Mechanical Algorithm for Database Search, Proceedings of The Twenty-Eighth Annual ACM Symposium on Theory of Computing - STOC'96, pp.212-219 (1996), https://doi.org/10.1145/237814.237866


(「情報処理」2021年4月号掲載)

■長吉博成
東京大学工学部物理工学科古澤・吉川研究室学士4年.現在,東京工業大学情報理工学院数理・計算科学系森研究室にてリサーチ・アシスタントとして勤務中.IBM Quantum Challenge Fall 2020優勝.

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