【青空文庫読書録】『キチガイ地獄』夢野久作
さてもよく分からない話である。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000096/files/2231_22251.html
これまでの3作とは異なり、今回は作品を読んでからこれを書き始めた。
というのも、読んで記録するために青空文庫を漁ったわけではなく、たまたま名前を聞いた作品をなんとなく検索して読んで、そういえばnoteあったなと思い出したからだ。
よくよく考えればこれが本来の流れで、さあこれを読んで記録をつけよう、というのは、手段と目的が入れ違っていたのかもしれない。
本題。
「読み終わった後に、これ何か書いておきたいな、という心持ちになった」
この作品の読了後の私の感想を述べるなら、こうだ。
ただし、それはこの作品から得たなにがしかの感情を留めておきたいというものではなく、もうこれを読み直す意味はなさそうだし読み直したくもないから、万一、限りなく可能性は皆無に近いと思うが、今後なにか突飛な理由で感想が必要になった時のために、記憶が新しいうちに印象を書いておこうと、そういう気持ちだ。
決してこの作品が面白くないとか、下らない、と感じているわけではない。むしろ、面白かったのに、『読み直す意味はなさそうだし読み直したくもない』となることこそが、ある意味で著者にうまいこと術をかけられた証でもある。
作品名も大きく関わっているだろう。『キチガイ』という強烈なワードが頭に入った状態で読むことで、印象がそちらに傾いていることは否めない。
つまり、正答がない可能性が十二分にあるため、読み直して考察する意味がなさそうだ。ほとんど無駄になるのが確定していることに労力を割きたくないという意識が、『キチガイ』というワードを与えられたことで出易くなっている。
物語自体も『キチガイ』を感じる仕掛けがあるので、余計だ。
この作品は徹頭徹尾ある男の一人語りとして書かれている。話の筋は、精神病院の院長に患者と思しき男が退院の相談をし、いかに自分が"まとも"に戻ったかを主張するために過去の話を語る、という内容だ。
[なるべくネタバレにならないように書くつもりであるが、察しの良い方は気付く可能性もあるため、ここから先はご注意されたい]
最後まで読めばわかるが、一人語り、といのがみそで、キチガイの話でありながら、書き方はとても技巧的だ。
作者はとても冷静であるように思われる。
なんなら、文章とか、小説といったものへの皮肉すら感じる。
男が語るエピソードは典型的で大衆受けするような王道の物語から始まって読者の興味を誘い、
何かにつけて明確な固有名詞と年代とが挙げられ、事件については"新聞の報道があった"といういかにももっともな証拠を織り交ぜつつ同意を求める口調で話が進む。
皮肉的といったのはこの部分で、小説であるから当然全てがフィクションであり、文章ではどうしたって実際の映像は目に見えない。だから、このように提示した場合には、それは作中ではこういう意味を持つ、という作者と読者の暗黙の了解の領域が形成されることがままあるが、そこを否定していくようなところがある。
挑戦的でクレバーともいえるか。
破天荒な話に一見辻褄が合う説明をつけ、徐々に合わないものが入れ込まれる具合も調整されているし、内容以外の面は総じてキチガイからは程遠いように感じた。
面白い作品であった。しかし読みなおそうとは思わない。
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