父の結婚指輪

もうすぐ、両親が私を産んだ歳を越してしまう。
なんて言う私は言わずもがな独身で、手酷い別れを半年前に迎えたところだ。
そして私は惚れっぽいので、つい先日あたらしく失恋をしたばかりだ。

アクセサリーを着けるのが苦手で──着けわすれたり、どこかで外して置いてきてしまったりする──あまり数を持っていない。
ひとつだけずっとお気に入りで持っている指輪がある。
特段、誰かとお揃いだったとか、一緒に買ったとかではない。
たしかストーンマーケットの福袋に入っていて、たまたま号数とデザインが私に合っただけだった。

前述のとおり、私のアクセサリーは憂き目に遭うのだが、ハードな使用に耐えていまだに私のもとにある。
この指輪だけはなんとなく大事にしようと思っている。
いろいろめちゃくちゃされるけれど、これは色が剥げたり形がゆがんだりしていない。

私は大学から親元を離れたが、それまでの記憶にある父は、文字通り肌見離さず結婚指輪をしていた。
私を風呂に入れていたときにもつけていたような気がする。
久しぶりに実家に泊まると、風呂のときは外すようになっていた。

机に置かれた銀色の指輪。

ゆがんで、アルファベットの「D」みたいな形になっていた。

幼い頃の私は、父母が住所を一にする家庭が当たり前だと思っていた。
でもそれは当たり前ではないと、歳を重ねるたびに学んだ。
二十数年、同じ相手に寄り添えることがいかに難しく尊いことか、最近はひしひしと感じる。

寄り添う相手もいない私はスタート地点にも立っていなくて、その難易度の高さに目を剥いている。
記憶よりもくすんでゆがんだ父の結婚指輪。

私もいつか、そんなのを着けるようになりたいのだ。

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