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「次の1冊」の費用対効果をどう高めるか?:第3回「10日間で作文を上手にする方法」(Part8-2)いぬのせなか座連続講座=言語表現を酷使するためのレイアウト

アマチュアの場合(プロでも?)文章はプロジェクト単位で書かれる。告知は、SNSとか。n作目を読んで、「次も読みたい」と思った人にn+1作目を届けることに成功する割合(リテンションレート?)を上げるためにはどうしたらいいんだろう……と考えがち(25?26?歳)

恐縮ながら、僕はグロース・ハックの専門家ではありません。デジタルマーケティングに分析者として関わった経験はありますが、事業全体の業績管理に関わったのはじぶんの会社のサービスだけで、依頼仕事を請け負ったときには、マーケティング施策の効果測定をするとき、ひとつ又はいくつかのメディアで何が起きたかを知る役割を担ったくらいです。

開発経済学の事業マネジメント体系に関心はあるけれど、参考書をいくつか斜め読みしたくらいで、ひとつの「国・地域・集団」の行方を見守ったことはない(やってみたい)。というわけで、より本格的な助言は専門書にゆずるとして、よくある指標を紹介する前に、ありふれた答えを書いてみます。


また来てほしい「将来」の解像度

利用継続率(Retention Rate)を考えるときには、対象となるプロジェクトをいくつかの単位に分けて、「『だれに』『どこまで』『なぜ』続けてきてほしいか」を吟味するのがおすすめです。極端に熱心な愛好家ばかりではファンダムがやせ細るし、通りすがりの一見さんを招き続けても、砂漠に水をまくようなもの。

数値は結果で、目的ではありませんから――という常套句には、テキスト自体の手ざわりを愛好する感覚を否定する「内容」志向が根ざしていますが、そこにはいったん目をつむるとして――あなたが「n作目」を書き終えたあと、「n+1作目」に手を伸ばすまでの間に、どんなリプライが、コメントが、私信が欲しいと「想像できる」でしょうか。サービスの顔つきは顧客の性格に似て、顧客の性格はサービスの顔つきに似る。

その循環をじっくり育てるのが事業経営なのだとすると、「もの書き」として独り立ちしようと決めたとき、じぶんが「どんなひとに愛されたいか」をごまかしなしで思い描けるなら、利用継続率を高めるのに欠かせない指標の種類と、その指標ごとのつながりに見当がつくのではないでしょうか。

事実に即さなくてかまいません。未来の「じぶんの分身の姿」を思い描いたとき、「m年後のあなた」だけがそこにいればいいのか。「すべて分かった」と思えるひとが数人はいてほしいのか。とにかくたくさんの「共感した」という声が欲しいのか。事実が広く行き渡りさえすればいいのか。

また来てほしい「想像」の解像度を高めていけば、「本当に欲しい数字」がどんな意味を持つ「べき」か、その人なりの答えが導き出せると思います。


「次のページ」は本当に必要か

オンラインに公表された文章の評価指標はいくつか提案され、実用化されています。ページビュー数(PV)やユニークユーザ数(UU)が、古くからよく知られた指標でしょう。「そのページで読者がどうふるまったか」を測定したもので、ページ滞在時間(Page Stay Time)や直帰率/離脱率(Bounce Rate/Exit Rate)、読了度(scroll depth)などもおなじみです。それらを組み合わせて、その読者が何かに金銭を支払うまでの貢献度(Attribution)が分析されます(例:Google「ページの価値の計算方法」)。

この考えに立つと、「次に何が書かれるか」は、「そのページの価値」に関わる(込み入った)変数のひとつではあるけれど、「そのページの価値」そのものではありません。「次のページ」が「存在しないほうがいい」ことさえある。「どこまで読んでほしいか」は「どこまで書きたいか」の表裏で、「書きたいこと」と「読んでほしいこと」のずれには注意深くありたいもの。


「どれだけ読まれたか」を知る

KENPC(Kindle Edition Normalized Page Count)は、「標準の書式設定 (フォント、行の高さ、行間など) に基づいて計算」された「読者が読んだページ数」の指標で、Kindle Unlimitedに登録されたあらゆる書籍の「対価」を決めるのに使われています。「本の中の画像、表、グラフなど、テキスト以外の要素」も考慮され、「同じ情報量なのに、著者の就業年数や思想信条、政治的立場によって、1文字あたりの支払額が変動する」ことはありません(利用規約に従うかぎりは)。読まれない文章は読まれない文章であり、読まれた文章は読まれた文章である。この簡潔な理念を、Amazonは電子書籍の配信サービスで実現しようとしていて、その着想は文化政策にじつは近い。


「読みづらさ」を測定する

よりリアルタイムな「読まれ方」を知るのに、眼球運動の計測も試みられています。行あたり字数や改行頻度によって、眼球運動はサッカードや停留時間を変えると分かっていて、この研究分野は「読みづらさの理由」を解き明かすだけでなく、定型や音律の効用を脱-神秘化する可能性を秘めています。例えば、横書きで・文節単位で文字高を階段状にずらし・改行し・微振動させると、「日本語がいつもより速く字が読めた」といった実験例があります(小林, 2016)。レイアウトへのこだわりは「読みやすさ」に直結する――なんて分かりきった話ですが、装幀・造本家による微妙なパラメータ調整の効果を定量化できる試験法が編み出せるかもしれない。そう期待できるなら、将来がたのしみです。


認知、関心、検索、行動、購買

もはや周知の事実ですけど、「その文章がどれだけのひとの目に留まり、手に取られたか」を知りたいなら、Web広告やSNS広告の知識が活かせます。いいね(Like)、リツイート(RT)、推定表示回数(impression)、ビューアビリティ(Viewability)、クリック率(Click Through Rate)、コンバージョン率(Cost Per Acquisition)。何を見極めるためのものか。群体としてのネットユーザが、体験としてのWebサービスに許容された消費行動の全貌です。どの数値も「その文章が本当にそのひとの心を動かしたか」を直に示すものではありません。だけど「大事な手紙を空き瓶に詰めて、嵐の海へ闇雲に流す」くらいなら、「どの郵便が誰に届いて、読まれて、返事が来そうか分かる」ほうがいい。そもそも「手紙を出さないほうがいい」ときもある。見極めに役立つ数値があるに越したことはない。

この発想は、文化・芸術事業の効果測定と似ていて、文化経済学の研究者たちは、文化財が地域にもたらす経済効果を計量する手法をいくつか提案しています。Willing to Payを推計して、原価構造を組み立てて、勘定科目を標準化して、事業収支を報告させて、産業連関表をつくって。体験財を主軸商品とする営利組織なら、関連施策の費用対効果はいつも気がかりでしょう。その文化が持つ、その文化自体に依らない価値を、その文化の外にある言語体系で表現すること。「だからこの文化は死ぬべきでない」と言うための。


「死ぬまでにどれだけ費やすか」

もちろん「測定の民主化」に副作用もあって、ともすれば、新しいプロジェクトの失敗リスクがひどく嫌がられる。とにかくひたすら連載を長期化させ、ひとつのプロジェクトに読者が「居着く」のを狙う。この書き方が、ウェブに公表されるテキストコンテンツの一群で常套手法になってからというもの、膨大な読書人口を抱える中国語圏では、「作家」の集団化と法人化が促進されたとも言われます。

だけど、長期の作品連載が「作家」の心身を痛めつけることは、週刊少年漫画の黄金時代に起きたいくつもの失踪事件が証拠立てています。大衆文芸の全盛期にあれほど読まれた大著の数々は、ある時点ですっかり「旬」が過ぎたみたいに読み手がつかなくなって、専門研究者でさえ通読をためらうほど遠ざけられ、忘れられていきました。

「とにかく次を書く」のは基本姿勢として正しくても、いつか読み返せること、もっと言えば、読まずに済ませられることを、「書くとき」から気にしていたいものです。たった1冊しか世に残さなかったからこそ、いつも何度でもその1冊が読み継がれていく。そんな著者も世界史には珍しくありませんしね。

つい忘れがちですけど、結局のところ、その文章が上手くいくかは、1語目を読んで、「次の1語を読みたい」と思えるかにかかっています。どこかで飽きたら、それでおしまい。じぶんが書いた文章を、明日のじぶんも読みたいか。そう問うたとき、信じられる言葉はどこにも書かれていなかった。その苦しみから目をそらさずにいられるか。まずはこのことから考えたいものです。まじめに考えると、すごくつらいけど!(文:笠井康平)

(本編はこちら)

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