この家

私の知らないこの家はなんだろう。私の知らないこの家はどこだろう。海も鉄塔も見えるが、チカチカ輝くビルたちが眼前にせまって、果たしてここはどこだろう。木造ではない、隣の部屋の音も聞こえない、日常がない、歩いて中野まではいけない、池袋の隅っこから急に飛び出してしまった、ここはなんだろう。

知っているか、と聞くと、知っているよ、と彼が言う。昨日の残り物の鍋をつまみながら、朝十時の陽光にくるまって、頬があかくなっている。私も同じように鍋をつまみ、タラをつまみ、白菜を、春菊を、しらたきを、つみれを、つまみつまみ、口に運んで食べている。知っているよ、と彼が言う。彼はタラをつまみ、白菜を、春菊を、しらたきを、つみれを、つまみつまんで口に運んで、同じ家にいる。

蛍光灯が明かるく、とってつけたような鍵ではなく、きちんとしかもダブルロックの、インターホンまでちゃんとついているこの家は、故郷から少し近い。二年間の日常を捨てたのは私、二年間の日常から逃げたのは私。とうきょう、のタワーから走って走って、たどり着いたのは山のてっぺんだった。

お風呂を洗うよ、と彼が言う。鍋はすっかり空になっていて、じゃあ掃除機をかけるよ、と返事をする。朝十時の陽光は私をつつんで満足気に、笑っているような泣いているような、母に会った時のような、特に悪い日ではないと思えた。だから彼はお風呂を洗うし、私は掃除機をかける。

しかし私は知らない、この家を。壁紙が白く、キッチンは広く大きく、リビングがあるこの家を、私は知らない。


#詩


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