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サントリー学芸賞受賞作『国民国家と不気味なもの 日露戦争後の〈うち〉なる他者像』のレジュメを作ってみた!
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サントリー学芸賞受賞作『国民国家と不気味なもの 日露戦争後の〈うち〉なる他者像』のレジュメを作ってみた!

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今回は『国民国家と不気味なもの 日露戦争後の〈うち〉なる他者像』のレジュメを作ってみました!

堀井一摩著『国民国家と不気味なもの 日露戦争後の〈うち〉なる他者像(以下、国民国家と不気味なもの)』は、明治後期から大正初期にかけて先鋭化した国民化の様相ならびに従来の「国民国家論」が孕む問題点を、主に日露戦争後に発表された文学作品を題材に、また、ジークムント・フロイトによって提唱された「不気味なもの」を援用することで、考察及び更新して行くことを目指すものです。

まずは「国民国家論」が孕む問題と、本書の鍵概念となる「不気味なもの」について、整理して行きましょう。

従来の「国民国家論」が孕む問題

「国民国家論」とは、その嚆矢とされるベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』、エリック・ホブズボウムとテレンス・レンジャーの編著『創られた伝統』から今日まで国民並びに国民国家の形成過程を批判的に探求する学問として、研究が積み重ねられています。

殊に日本国においては、1990年以降に研究が活発化し、以来、カルチュアル・スタディーズやポストコロニアル・スタディーズの影響を受けつつ、明治期以降日本における「国家の抑圧装置やイデオロギー装置、あるいは規律訓練システム(p.13)」による国民化のメカニズムを分析し、そこから排除されていった異質なもの及びその排除の過程に注目して来ました。

一方で、従来の「国民国家論」には問題があります。それは本書の言葉を借りれば、『国民国家という現象を国家の権力機構・権力装置の問題に還元することで、「国家をあまりにオール・マイティに描いてしまう(P.13)」こと。そして、国家の統合力を過大評価するあまりに、そこから排除されるものの「抵抗する力(P.14)」を想定しにくいことです。批判対象である「国民国家」を却って巨大化し、民衆を矮小化してしまうのは、「国民国家論」が孕むアンビバレントな問題だと言えるでしょう。

この問題を越えるために、『国民国家と不気味なもの』では、フロイトの「不気味なもの」論を導入します。

国民規範と「不気味なもの」

「不気味なもの」とは、「実際、何ら新しいものでも疎遠なものでもなく、心の生活には古くから馴染みのものであり、それが抑圧のプロセスを通して心の生活から疎外されていたにすぎない(p.15)」ものだとフロイトは述べています。かみ砕いて表現すれば、「不気味なもの」とは、それは許されないものだと忘れている(抑圧している)のに、私たちの前に何度も現れる(回帰する)ものという意味になるでしょうか。表現が悪いですが、「不気味なもの」は汎用性の高い言葉だと言えます。現にかつてフロイトが、E.T.A.ホフマンの『砂男』という小説の中に見出した、去勢不安としての「不気味なもの」を越えて、幅広いモチーフに適用されています。そして、『国民国家と不気味なもの』における「不気味なもの」とは、大まかに言えば、日本の近代化に伴い、それにふさわしい「国民」として規範化されて行くなか、抑圧もしくは棄却されたものを意味します。

本書の構成

『国民国家と不気味なもの』は二部構成になっています。

▼〈第一部の内容〉

第一部『日露戦争と不気味なもの』では、戦争を「さまざまなイデオロギー装置や規律訓練システムによって形成されてきた国民の強度が試される最大の機会」と捉えたうえで、日露戦争前後の文学テクストを扱います。第一部に通底する主題は戦争と国民化の問題。著者である堀井氏は泉鏡花の『高野聖』と『沼夫人』の他、夏目漱石『趣味の遺伝』や『心』などの作品を題材に、国民として規範化される一方で、その過程で抑圧された「不気味なもの」がいかにして立ち現れて来るかを分析します。

▼〈第二部の内容〉

第二部『〈大逆〉事件と不気味なもの』で取り上げられるのは、日露戦争後から大正期にかけての文学テクスト。日露戦争は名目上大日本帝国の勝利に終わりましたが、財政的負担等で戦後大きな影を落としました。こうした状況下で、この国ではじめて、国家権力に対する批判的主体としての民衆が現れます。一九〇五年にポーツマス講和条約(この条約によって日本は戦争賠償金の獲得を放棄します)締結への反対運動である日比谷焼き打ち事件がその端緒ですが、一九一〇年の大逆事件、一九一一年の南北朝正閏問題を通して、「抵抗主体としての「国民」(P.35)」は、「非国民」というレッテルの名のもとに抑圧されていきます。

日露戦後の時代閉塞状況のなかで、国家の〈法〉にまつろわぬものが生み出され、そして排除されていく。しかし、国民の境界を再確定しようとする権力によって抑圧されたものは、ふたたび回帰して抑圧に抵抗する。(P.36)

以上のような著者の言葉を端的に表すテクストが、大逆事件の裁判に取材した平出修(この方は大逆事件裁判の弁護人です)の『逆徒』です。この小説を俎上に載せる第九章『「逆徒」の遡及的形成――大逆事件と平出修』では、奇しくも断罪(抑圧)されることによって、「無政府主義者(=「不気味なもの」)」としての主体が立ち現れて来る過程が分析されています。その他、大杉栄の『生の哲学』と芥川龍之介『羅生門』の両テクストを「国家権力に抗う民衆の台頭とその社会変革への欲望を症候的に示す主題」という共通項のもとに比較分析する第十一章『動物のアナキズム――大杉栄の「生の哲学」と芥川龍之介「羅生門」』など、読み応えのある論考が目白押しです。

第五章『近代国家と殉死――乃木希典の「忠君」と武士道』より

本当は各章ごとにレジュメを作りたいところですが、紙数の関係から今回は第五章『近代国家と殉死――乃木希典の「忠君」と武士道』のみにスポットを当てたいと思います。「他の章も気になる!」という方は、是非書店にて『国民国家と不気味なもの 日露戦争後の〈うち〉なる他者像』を手に取ってみてください。

▼「1.乃木殉死の波紋」&「2.不気味なものとしての殉死」

乃木希典とは日露戦争時に旅順攻囲戦の指揮をとった陸軍軍人です。歴史に疎い方でも、某アイドルグループの名前にもなっている乃木坂の由来となった人物と言えば伝わるでしょう。地名になるほどです。事実、乃木希典は死後、軍国主義国家であった日本において軍神に祀り上げられました。

一方で、乃木希典の死は本書を読み解く重要な概念である「不気味なもの」を体現するものでもあります。

まず注目するのは乃木の死が殉死であるということです。
明治以降、西欧諸国を模倣し文明国としての体裁を整えることを目指して来た日本にとって、乃木が明治天皇の後を追って自害することは「野蛮」そのもの。日露戦争に勝利し世界一等国に列した日本の前に回帰して来た、かつての風習、「不気味なもの」でした。もちろん、当初は新聞紙上で論争を呼び、批判的な言説もありました。が、次第にそれらは乃木を賛美する論調に支配されて行きます。

▼「3.乃木賛美論――「忠君愛国」論と殉死」&「4.武士道論と殉死」

殉死という過去の遺風に対する批判を圧倒する「乃木賛美論」。その構造をなすのは「忠君愛国」と「武士道」の2点です。とは言え、乃木を称賛するこの2つのキーワードには瑕疵があります。

まずは「忠告愛国」について。確かに乃木の自害は明治天皇に忠誠を尽くすものと解釈される一方、天皇制という枠組みで見たとき、「明治天皇という一個人に殉じた乃木の行為は大正天皇に対する「不忠不誠の所為」(P.147)」となってしまうのです。さらに言えば、乃木の自害は「忠君愛国」概念に亀裂を入れてしまう(P.148)」ものでさえあると、著者は述べています。

また、「武士道」という観点から乃木の死を称賛する声からは、殉死という文化が孕む武士道的男色のコードが隠されているという問題があります。この点を著者は「異性愛を規範とする近代国家の君主として演出されてきた明治天皇にかかわる文脈のなかで、男色性を仄めかすこと自体が不敬となる(P.155)」と論じています。

それでは何故、「忠君愛国」と「武士道」という論調を構成する2つのキーワードが孕む問題が検討されないまま、「乃木賛美論」は当時のメディアを席巻して行ったのでしょうか。

▼「5.情動の共同体」&「6.乃木を媒介とした国民統合――本章のまとめ」

「乃木賛美論」の席巻及び乃木批判のタブー化を、著者は「日露戦争を契機に形成された乃木と国民の間の情動的紐帯と、それと連動する形で働いた政府と軍部による情報操作という二つの側面(P.158)」から考えます。

ここで論点として挙がるのが、日露戦争時の司令官としての乃木の評価の変遷です。そもそも乃木が指揮をとった旅順攻囲戦は大勢の死者を出した無謀ともとれる突撃作戦でした。そのため乃木に対する国民感情は当初、怒りや憤懣に満ちていました。

ところが乃木の二人の子息が日露戦争で戦死の知らせが内地に届くと事情が変わります。たちまち乃木は「戦争遺族を代表する立場(P.160)」として、国民と同じく戦争の被害者として同情を受ける立場に転じて行くのです。(⇒乃木と国民の情動的紐帯(同一化))

一方で政府と軍部も国体への動員力として、「乃木希典」というシンボルを活用して行きます。例えば情報統制を敷くことで、旅順における指揮権が中途別の者に移譲されたことを公表せず、あくまで乃木の功績として喧伝されます。さらに学校教育でも「国民的英雄」としての乃木像を帝国臣民が模範とすべきものとして児童に教え込まれて行きます。(⇒政府と軍部による情報操作)

以上のように、二人の子息の戦士及び政府・軍部の情報統制によって、「国民的英雄」として祭り上げられて行きますが、当初国民が感じた乃木に対する怒りの感情は抑圧こそされ未だ潜在したと言えます。そして、その抑圧された感情は乃木が自害するとともに屈折した形で噴出します。乃木の遺書に旅順に関する言及はありませんでした。それにもかかわらず、「多くの論者が乃木の死を旅順戦の責任を取るための自裁(P.169)」ととらえるのです。著者はここに「乃木の死をそのように読みたいとする欲望の反映(P.169)」を見ます。

(…)乃木の死を求める欲望や、その欲望が充足されることによる満足感は、反社会的・非道徳的であるがゆえに、けっして認めることも表出することもできない。それゆえ、これは他者への死への悲しみ、つまり乃木の死への哀悼という社会的に受け入れられる形に姿を変える。(P.170)

また、著者は乃木が「国民の自我理想として機能した(P.171)」とも評します。病弱で即位して間もなかった大正天皇の代わりに、国民統合のシンボル(=父なるもの)として「乃木希典」が機能したと。しかし、父なるものと同一化すると同時に抑圧された感情・欲望の類は絶えず「不気味なもの」として立ち現れて来ます。国民による「乃木賛美」とその自害に対する解釈は、本書が分析を試みる「国家の統合力に(民衆の)抵抗する力」の好個の一例と言えるでしょう。


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