
甘くない音
久しぶりに図書館へ本を借りに行った。会員カードの期限が切れていることは事前に分かっていたので、無数に陳列されている本へ向かう前に、受付の近くに立っていた女性に話しかけた。フェイスシールドと、外科医が着けていそうな青いゴム手袋をしている。
内臓を覗く仕事をしている人は 汗水を垂らしながら しかしその汗水も丁寧に拭い取って 脅威 それは目を閉じたその瞼の僅かな隙間からも侵入してくる 脅威 に 立ち向かっている
今はパウダーフリーのものが主流になっているが、幼い頃、母親の掃除を手伝う際に手が荒れやすいからと着けていた手袋は、内側にコーンスターチが塗られていた。
使う度にわたしは 何度か手を出し入れして
指を纏う細かい粉の粒子を ぎゅっと見つめた
目の解像度では分解できないものと必死に対峙すると、一瞬だけ自分とその対象が入れ替わることがある。
景色がぼんやりとしているうちに わたしはすぐに水道水にふやかして 葉脈のすれすれで生き存えている雨粒のように 白く反射した湿潤の中で 閉じ込めておきたくなる
そうしてやっと 目で分解することを諦めて頭の中にまずは白黒で想像してみる はじめ着色しないのは 中休みの子どもたちが ドッジボール も ドッジビー も どちらもまるい と 言うのに似ている
自分より小さなものから威嚇されることが楽しくて、それなら自分が小さくなればどれだけ楽しいだろうと思う。
緑がアクセサリーのように利用されている外の景色は、どこをみても隅が存在していなくて、つまり眼球からまるく放たれた光はすべての人を平等に照らしていて、陰影がないから動いているものも止まって見える。
みんなつまらない炭酸のように飲み干したから あとになって わたしの喉の内側を
悪阻 の ように 逆流する
パンを作ろうと開いた小麦粉の袋をテーブルの上に弾ませる、
(トントン トントン)
(杭を打つような 乾いた 音)
上の方に柔らかく積もっていた
砂場のお城 のような出来合いの円錐が 下の方へと 均されて 消えてしまった
(平均へと消失する ね)
底深くでは動けなくなった粒子が自由に泳ぎ回りたいかもしれないのに それを想うより先に メロンパンがメロンの味ではないことを知った
また誰かがパンを作ると その度にお城ができる ちょうどお子様ランチのチキンライスの上に 名前もわからない国の国旗が立てられているように
すでに世界のどこかで他の誰かが焼いたことのあるパンでも、自分で焼くとそれだけふわふわになることを、誰しもが当然のように信じている だからみんな 自分でパンを焼いて食べる おすそわけはしない おすそわけされるのはいつも出来の悪いもの あるいはお腹を壊さない程度に腐っているもの 価値のないもの 後ろめたいもの
食べちゃえば ね どれもおんなじで ね その人の唾液が ね かかっているのと ね
かかっていないのと ね 甘くない ね
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