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空間が暇なので脳内を多忙にしてみています。

こんにちは。私です。
あなたは?
私は誰だと思いますか?
あなたは何故私ではないと思いますか?

さて、胡散臭く始まりましたが。

昨日誕生日でした。
祝。ありがとうございます。
本が好きな友人がプレゼントに本をくれました。
森博嗣の『四季』など。
これは彼が勧めてくれたものの既に積読しすぎて買えずにいたものだったのですが、ウルトラ嬉しいマックス。

『四季』は、春夏秋冬の全4巻あるのですが、さっそく春を読み始めてみました。
春から始まるとわかっていたわけではないのに春から読み始めるの、なんか迂闊な気がする。
スターウォーズは4からということを耳にしたことがありますが、トラップですね。

四季/春

まだ80ページくらいしか読んでいませんが、プロローグで「時間と空間からの乖離」の話があります。
時間や空間は、移動することによって認識できるが、一度確認し頭の中に入ってしまえば、単なる座標、数字になる。
だが自分は自分の頭の中には入らない。
だから取り残されてしまう。
と、いうことでした。
取り残されると言うけれど、どこに取り残されているんでしょうね。

その後、主人公の僕が自分の存在について考えます。
鏡に映る躰はそこに存在し触れることで認識することが出来るが、「自分」は躰だけではない。
躰だけでは死体と同じで、死体には既に個人の人格は存在しない。
では何故自分を自分と認識するか、他人を他人と認識するかということだそう。

・・・なるほどね?

哲学に明るい訳ではないので、実存主義とか本質主義とかあまり知りませんが、なんとなく躰あってこそのアタシ!とアタシという入れ物が躰!ということなのかなぁ、とふんわり考えています。
正直どっちでも良いんですが、鏡を見て間違いなくこれは私、と思うのって確かに不思議。
私は私なんですが、私があなたではないのは何故ですかと聞かれると困る。

「あなたはなぜ私が自分ではないと思いますか?」
「あなたのことを自分と思わないから。
 じゃああなたはなぜ私があなたではないと思いますか?」
「だってあなたのことを私だと思わないから。」

「好き」「私のほうが好き」「絶対僕の方が好き」「いいや!・・・」
みたいな不毛さを感じますね。

ナチュラル疑問、レゾンデートル

誕生日を迎えると疑問に思うのですが、私はどこに向かっているんでしょうね、あなたも。

私が生まれたところまでは理解できます。
母が結婚し、子供が欲しいと思った。
これはきっと本能。
なので子供を作り、私が生まれた。
母親なので育ててくれましたが、私は?
突然地球に放り出されたものだから、エッなんで!?という状況が約21年続いています。

なんなんでしょうね。

疲れてきました。
何故か哲学的なnoteになってしまいましたが、実のところ暇すぎて書いています。
なので特段結論を出してやろうとか、深く追求しようとか、そういうわけではなく、ただなんでだろうね~、ね~?って話しかけているという感じです。

巻き込まれ中村

暇すぎる故でしょうか、今日はなんでなんでマンだったのですが、中村から「そういえば誕生日おめでとう」とLINEが来たので「どうもありがとう」と返したのですが、どうもって何。
どうもありがとう、は言うのにどうもよろしくって言わないのはなんで。
どうもごめんなさいって言わないのなんで。
何、どうもって。
そんな話をしていたら一転二転おむすびころりんして、はごろもフーズの話になって、結局天女ってエロいよねって話していました。



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