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地域分析の基礎 第3回 地域分析の対象となる「地域」の範囲を設定する方法

 今回は、地域分析の対象となる地域について、どのような範囲で捉えれば良いかを説明したいと思います。


 多くの人々は、地域分析の対象を都道府県や市町村単位で考えているでしょう。最後に述べるように、私もそれが適切だと思います。しかし、それだけが分析対象だというわけでは、必ずしもありません。

 そもそも地域という概念は非常に曖昧で、使い方もさまざまです。最も広い範囲では、アジア地域、アフリカ地域といった、国よりも大きな広さを表す使い方があります。また、国の中でも都道府県よりも広い範囲で東北地域、北陸地域といった使い方ができます。もっとも、アジアとか東北という範囲は「地域」というよりも「地方」と呼ばれることが多いですが、いずれにしても地域の単位として認識されていることは確かです。さらに、都道府県の中でも、例えば東京都であれば城東・城西・城南といった地域がありますし、市町村の中に入っても〇〇丁目とか〇〇地区といった地域があります。「エリア」という言葉も使われますが、訳せば「地域」です。
 このように、一口で「地域」と言っても、それが表す範囲は国を超える非常に広いエリアから、市町村のよりも狭いエリアまで、実にさまざまです。そこで、地域分析をする際にはどのような範囲で地域を設定するのかを、分析を始める前に明確にしておく必要があります。

 この連載では、主に都道府県や市町村を対象に考えています。おそらく多くの分析もそうでしょう。都道府県や市町村を対象にした地域分析には、大きく2つのメリットがあります
 1つ目は、データを集めやすいことです。国が行っている統計調査では、都道府県や市町村単位でデータが集計されているため、そのデータをそのまま使えば良いわけです。分析の手間が非常に少ないという点は大きなメリットになります。2つ目は、政策に結びつけやすいことです。地域分析を行う目的はいろいろあると思いますが、一般的には地域の実態や課題を明らかにして、その解決策を探ることでしょう。その解決策を実行するうえで、地方自治体が重要な役割を果たします。都道府県や市町村は地方自治体の単位でもありますから、これを分析の対象にすることは目的としての解決策に直結するのです。つまり、データの収集と分析結果の活用という面で、都道府県や市町村を対象とした地域分析は非常に効率的かつ効果的であると言えます。


 このように都道府県や市町村を対象とした地域分析には大きなメリットがあるわけですが、一方でデメリットもあります。それは、地理的条件や人々の行動範囲が必ずしも都道府県や市町村に限られていないため、テーマによっては十分な分析が行えなくなる可能性がある、ということです。
 私たちは、通勤や通学で毎日のように移動しています。高校生や大学生、社会人の多くは、住んでいる市町村を離れ別の市町村に移動しているでしょう。それだけでなく、出張や買い物、観光、ふるさとへの帰省などでは、年に数回ですが都道府県や国を越えて移動することもあります。地域分析では人口が重要なテーマですが、これは人々がどこに暮らしているかを表しているものです。通常は自宅のあるところになります。しかし、通勤などで移動すれば、一時的に自宅を離れて通勤先のある市町村に滞在することになりますし(自宅よりも職場の方が過ごす時間が長い人も多いでしょうから、むしろ自宅の方が一時的な滞在場所なのかもしれませんが…)、宿泊をともなう出張や旅行では滞在先が自宅の代わりになるわけです。人々は移動先でもさまざまな活動を行いますが、それは特定の都道府県や市町村だけを対象とした分析では捉えきれないことになります。

 そこで、人々の行動範囲に着目した地域を設定した分析が考えられます。それは「都市」という概念です。都市は「農村」の対義語として使われ、集積や集住・社会的分業や市場といった特徴を持っています(詳しくは宮本憲一「都市政策の思想と現実」有斐閣等を参照)。つまり、都市は人々の行動にともなって形成される機能の面に着目したものと言えるでしょう。そして、それらの機能が一通り揃っているエリアとして考えられるのが、都市雇用圏という概念です。
 東京大学空間情報科学研究センターによると、都市雇用圏(Urban Employment Eria、UEA)とは次のように定義されています(要約)。
・都市雇用圏は日本の都市圏設定基準によって提案された都市圏で、標準大都市雇用圏を最近の状況に合うように改訂したものである。
・都市雇用圏は中心都市をDID(人口集積地区)の人口によって設定し、郊外都市を中心都市への通勤率が10%以上の市町村とする。中心都市のDID人口が5万人以上であれば大都市雇用圏、1万人から5万人であれば小都市雇用圏と呼ぶ。
 つまり、都市雇用圏とは郊外都市を居住地とする人が一定以上の割合で勤務先のある中心都市に通勤することで、郊外都市と中心都市という複数の市町村で形成された行動範囲のことになります。
 日本の三大都市圏に当てはめてイメージしてみましょう。三大都市圏の中で最も大きいのは東京大都市雇用圏ですが、その範囲は東京都内に限らず神奈川県や埼玉県・千葉県などを含むきわめて広範囲なエリアです。あの横浜でさえ東京大都市雇用圏に含まれています。したがって、雇用圏としての人口も膨大になります。一方、名古屋と関西では大都市雇用圏が東京ほど大きくはありません。特に関西の三都と呼ばれる、京都・大阪・神戸はそれぞれ別の大都市雇用圏を形成しています。関西の中心である大阪に京都や神戸からも多くの通勤があれば東京のような大都市雇用圏になりますが、関西はそうではないのです(大都市雇用圏の規模の違いが、東京一極集中の一因なのかもしれません)。

 では、地域分析で都道府県や市町村を対象とする場合と、大都市雇用圏を対象とする場合は、どのような違いが生じるでしょうか。例えば、多くの大企業や官庁の集積する東京都千代田区の人口は67,000人程度で、これはかつて私が暮らしていた福井県敦賀市とほとんど変わりません。しかし、そこで行われている経済活動の規模はまったく違います。言うまでもなく千代田区に広い範囲から多くの人々が通勤しているからです。千代田区の状況は、そのような人々の活動も含めた分析を行う必要があります。それをするための考え方が都市雇用圏ということになります。
 このように、都市雇用圏を対象に地域分析をすれば、人々の行動範囲を前提としているため、より適切な分析につながるメリットがあると思います。ただし、やはりデメリットもあります。それは、データを集めるのがに手間がかかるということです。複数の都道府県や市町村で構成されるため、それらのデータを合計する必要があります。そして、政策提言も複数の都道府県や市町村が対象になるため困難になることです。都道府県や市町村を対象として分析のメリットが発揮できない、ということが都市雇用圏を分析する際のデメリットになるのです。
 データの合計に関しては、先に紹介した東京大学空間情報科学研究センターのホームページにある程度情報がまとめられています。しかし、それでもごく一部のデータに限られるので、やはり自分で複数の都道府県や市町村のデータを合計して分析しなければなりません。また、政策提言に関しては、新型コロナへの対応を見ていれば明らかでしょう。都道府県ごとに首長の考え方や政策の重点、さらには利害関係があるために調整が必要になり、時には対応がバラバラになってしまうこともあります。これらを考慮した政策提言も、やはり難しくなってしまうのです。


 このように、地域分析を行う際には、準備の段階でどの範囲を設定するかを考えることが非常に重要です。ここでは都道府県や市町村単位での分析と、都市雇用圏による分析の2つを紹介しました。それぞれデメリットとメリットとデメリットがあることも理解いただけたと思います。いずれかが最善ということではありません。
 基本的には、都道府県や市町村を単位とした分析で良いと思っています(決してここまでの議論がムダ、というわけではありません)。そのうえで、人々の行動範囲に影響を受けやすい分野に関しては都道府県や市町村だけでなく都市雇用圏のデータを手間をかけてでも集めた方が良いでしょう。いずれにしても、分析の目的やテーマに応じた適材適所で、かつ手間をできるだけかけずに分析していただきたいと思います。


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