音楽と凡人#19 "肺"

 子供の頃から健康だった。病気や病院は自分に関係のあるものではなかった。

 GOZORO’Pの2nd singleのレコーディングのため、京都の烏丸御池の地下にあるスタジオに来ていた。ドラムとベースとギターを録り終え、あとは私のボーカル録りを残すのみとなった。いつも通りの体調であった。

「ちょ、ごめん、背中つった」

 メンバーは笑っていた。タイミングとつる場所意味わからん、と私も顔を歪めながら笑っていた。マイクの準備も全て整い、いつでも録音できる状態だった。「座って長時間待ってたし筋おかしなったんちゃうん、外歩いてきたら」とメンバーに勧められ、近くのコンビニへと向かった。

 コンビニへ向かいながら煙草に火をつけ、店の前で一服した。吸い終わるまで背中のつりは消えず、仕方なくスタジオに戻ることにした。痛みは激しくなってきた。二、三歩ごとにその場にうずくまり、筋をどうにか戻そうと奮闘しながら、コンビニへ向かった時よりも長い時間をかけてスタジオへ戻った。

 スタジオの床を借りて、寝転んで筋を伸ばしてみたりした。あれこれと体勢を変えたが一向にいつもの状態に戻る気配がない。この辺伸ばしたら一発で治りそうやねんけどなと呟きながら、とりあえずこのまま歌えるか一度やらせてほしいとボーカル録りを始めた。

 テイクワン。いつものように歌おうとすると声ではなく咳が出てしまう。テイクツー。背中が痛過ぎて歌うための空気を吸うことすらできない。結局この日はレコーディングを中止し、後日改めて録りなおすこととなった。

 原付で痛みを堪えて帰りながら、気を紛らわせたら直るかもしれないとコンビニを見つけては停まって煙草を吸った。帰ってロキソニンを飲んですぐ寝た。

 翌朝、状態が全く変わっていなかったので、病院は嫌いであったが流石にメンバーにもエンジニアさんにも申し訳ないのでバイト前に近くの病院へ向かった。レントゲンをとり、その写真を医師と一緒に見た。肺気胸であった。

 このあとバイトなんですけどどうしたらいいですかねと聞くと、医師は笑いながら、そんな状態じゃないよと言った。このまま大きい病院に行って手術して入院しなければならないとのことであった。私の右の肺には穴が空き、空気の抜けたドッジボールのようにぺしゃんこになっていた。このまま放置すると、心臓を圧迫して命に関わると言われた。左の肺だけで呼吸をしているとは思えないくらい、背中の痛み以外はいつも通りであった。私は病院の前でバイト先に電話をし、今から入院して手術するらしいので今日はバイトに行けなさそうだと他人事の様に伝えた。

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