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第13夜 願いと呪い

 コツコツと足音だけが、静かな玄室の通路に響き渡る。

 途中でマリスとマリカのふたりと合流したユッフィーたちは、猿田彦の導くままに石壁の通路を歩き続けていた。もう何時間経つだろうか。途中で戦闘なども起きていない。

「ボクたちもちょうど帰るところだったんで、助かるよ」

 お互い、自己紹介と最低限の情報共有は済ませている。ユッフィーたちがガーデナー陣営でお尋ね者になっており、同じ地球人冒険者たちからも狙われていること。ギケイ大王陵を取り巻く不思議なチカラは、邪暴鬼の千里眼はおろかアウロラの扱うフリズスキャルヴまでも跳ね除けていること。
 そして、ガーデナーが近いうちにフリングホルニへの大規模な侵攻作戦を計画していること。彼らの提示した「賞品」目当てに多くの地球人がゲーム感覚でいくさに加わり、良心の呵責を持たない冷酷な略奪者となるであろうこと。

「数の暴力に対抗するには、王家の墓を戦場に選ぶ他なかったのですね」「トヨアシハラの人は、先祖を敬う気持ちが強いからね。アリサさんも苦渋の決断だったと思うよ」

 マリスの発言に状況を理解したユッフィーが、アリサの言葉を思い出して決意を口にする。

「深入りするなと言われましても。これはもう、わたくしたち地球人の問題なのです」
「地球に直接、危害は及ばないって言われてもね。社会の歪みが別の世界を汚染する毒になったり、侵略兵器に作り替えられてるなんて知ったら」

 その矛先はいつか、地球人にも向くはずだと。銑十郎もうなずいた。

「私にどこまでできるか分からないけど、王女のチカラになるわ」

 ミカも事態の重大さを認識している。もう個人的な恨みがどうと言った話ではないのだと。

「それにしても、コレどうなってるのかな。ボクたちもアウロラ様のサポートに頼りきりだったし、帰り道に困ってたんだ」

 地図アプリとしての機能こそ妨害されているものの、この状況でも道案内ができているサルタヒコのメモリア。マリスがもの珍しそうに猿田彦の後ろ姿を眺めている。
 異世界の魔法やアイテムが、別の世界でも正常に動作する保証はない。環境が違うからだ。トヨアシハラは日本と親和性の高い土地だからサルタヒコが有利だったとしても、それ以外の世界ではフリズスキャルヴの方が正常に機能するかもしれない。

「マリカ様。…怒ってますの?」

 マリカはずっと、さっきからマリスの中にこもりきりで言葉を発しない。ユッフィーが、彼女に向けて問いかけると。

「怒ってるねえ、マリカちゃん」

 マリスにだけは、憑依している相棒の愚痴が心の声で聞こえるのだろう。

「マリカ様、ご心配おかけしてごめんなさいですの」
「謝ったって、あんたは態度変えないでしょう」

 マリスの中から、あきれた様子の声だけが聞こえてくる。

「さっきから何なの、この子?王女に向かってツンツンして」

 ミカがよく分からないといった様子で、首をかしげれば。

「道案内の終点まで行けば、嫌でも分かるわよ」

 そこで、一行の会話が途切れる。再び代わり映えのしない通路を猿田彦の案内に従って、黙々と歩いてゆく。

「…ユッフィーちゃん、地図が二枚に増えてるね」

 数十分後。銑十郎が地道なマッピングを続けるユッフィーの手元を見て、不思議そうに声をあげた。

「…いつの間にか、フリングホルニの内部に来てるみたいですの」
「そうだねえ。壁の模様とかも違うし」

 マリスの相槌に、銑十郎とミカがハッと顔を見合わせる。自分たちはまだギケイ大王陵の中を歩いてると思っていたのだ。

「注意深く見てないと、分からないよ。しかもフリングホルニとギケイ大王陵の間を何度か行き来してて、ふたつのダンジョンが複雑に絡み合った迷宮になってるし」

 マリスがユッフィーの描いた地図にある、ウサギの印とルーン文字の印を指差して、迷宮のつながりを説明してみせる。

「アリサ様の狙いは、それですわね。ガーデナー軍を迎え撃つための」
「うんうん、よく描けてる。まるで本物のドワーフみたいな出来栄えだよ」

 地図の精巧さをほめるマリスの言葉に、ユッフィーは少し不服そうな顔をして頬をふくらませた。

「わたくしはドヴェルグとイワナガヒメの末裔たるドワーフにして、地底の王国ヨルムンドの第一王女ですの」
「そして私は、王女の近衛騎士よ」

 ミカもユッフィーの側に立って、胸を張ってみせる。

「僕は姫の従者で、秘密の恋人ってとこかな」

 少し照れ臭そうに、銑十郎も合わせると。マリスは思い出したように吹き出し笑いをした。

「そうだったね、ごめんごめん」

 地球人たちの「なりきり」のことは、話に聞いて知っている。数年前ふとしたことで永遠の都ヴェネローンに迷い込んだ彼らは、地球人への風当たりの強さを知ると異種族になりすまし、冒険者としての基礎技能を習得した。それを可能にするモノがあったとはいえ、彼らの見事な「ロールプレイ」は本職のスパイであるマリスからも注目に値するものだった。

 マリカはまだ黙ったままだが、一同の雰囲気が和やかになった頃。突然、あたりの風景が一変する。ひらけた場所に出たのだ。天井も高い。

「ここは…?」

 ミカと銑十郎が、もの珍しそうにあたりを見回す中。猿田彦の幻影は大広間に立ち並ぶあまたの石棺らしきものの間へ入っていく。しばらくすると、赤い顔の大男はひとつの棺の前で立ち止まった。
 広間の壁にはルーン文字がびっしり刻まれており、時折不思議な光が電光掲示板のように走る以外では。あたりはまるで、カタコンベのような静寂に包まれている。あるいは、来世での目覚めを待つ者の眠り。

「北欧神話に登場する、世界のどの船よりも大きな船フリングホルニ」

 サルタヒコのメモリアによる道案内が終了したことを悟ったユッフィーが誰に聞かせるわけでもない様子で、語り始める。そしてゆっくりと目的地の石棺へ歩み出す。

「王女?」

 まるで何かに取り憑かれたような、その普通でない様子に。ミカも慌ててついてゆこうとするが、思わず足がもつれてしまう。飛ぶことすら忘れて。

「あそこに眠っているのは、もしかして光の神バルドル?」

 誰からも愛された光の神バルドルが、ロキの奸計によって殺されたとき。フリングホルニは彼の棺として使われ、海へ流された。神話ではそうだが。

「フリングホルニの甲板である大地の下に広がる、迷宮化した地下区画は『バルドルの玄室』って呼ばれてるけどね」

 先を行く銑十郎の推測に、歩きながらマリスが答える。しかし、バルドルひとりの墓にしては石棺の数が多すぎる。

「そう、光。この棺に眠っているのは…わたくしにとっての光ですの」

 先にたどり着いたユッフィーが、石棺の中に視線を落としている。しばらくの間宝玉に戻って寝ていたチビ竜ボルクスも目覚めて、主人の隣で石棺の中の人物を眺めていた。

「ボクも初めて見るね。ホント、いつもと変わらないよ」

 初対面なのに、まるで面識があるようなマリスの言葉に。出遅れたミカの疑問が深まる。銑十郎もまた、ユッフィーの隣で固唾を吞んで様子を見守っている。
 最後に石棺の前へたどり着いたミカの目に、ガラス代わりの透明な結界が映り込む。その棺の中、周囲に花が飾られたふかふかのベッドで眠る女性の姿に思わず、ミカも言葉を失う。

 地球人たち三人の知っている人物が、そこにいた。彼女との思い出が一気に蘇り、まるで葬送の場を思わせる空気が流れる。
 永遠の都ヴェネローンで、夢渡りによって迷い込んだイーノのお世話役に任命されたと自己紹介をする彼女。悪夢のゲーム内、湯っフィーの里で偶然たくさんの彼女たちに再会したときの喜ぶ顔。子和清水の酒の泉で再現した100円のグラスワインに感動する彼女。白髭神社の鳥居で三人に手を振り、無事を祈って送り出した彼女。

「みなさぁん、わたしぃ生きてますからねぇ!」

 場の静寂を破って、懐かしい声が周囲に響く。それは一行の目の前で眠っているはずの、当の本人。

「エルル様!?」

 声は、ユッフィーの胸元から聞こえる。しまい込んだメモリアを谷間から取り出すと、子和清水のメモリアが光っていた。

「みなさぁんの様子はぁ、メモリアを通して見ていましたぁ」
「元気そうでよかったよ、エルルちゃん」

 メモリアからホログラムのように投影されるエルルの姿に、マリスも笑顔を返す。

「来ちゃったわよ、あんたの勇者様たち」
「賭けはぁ、わたしぃの勝ちぃ♪」

 それまで黙っていたマリカがすうっとマリスの身体から抜け出して、満面の笑みでガッツポーズを決めている映像のエルルの方へ視線を向ける。

「道案内って、エルルちゃんの本体があるところに導かれていたのね」

 ミカが意外そうな顔をしている。てっきりフリングホルニの入口まで案内されているものだと思ったけれど、こんな形になるとは。

「エルルちゃん、賭けって…?」

 銑十郎が気になる様子で、映像のエルルを見ると。

「みなさぁんがここまで来れるかぁ、アリサ様と賭けをしたんですぅ」
「それでは、賭けに勝った今。口止めされてたこともお話し頂けますのね」
「もちろんですぅ♪」

 エルルも何か話そうとして、以前アリサに口止めされていた。やや予想外な形だが、これで勇者たちの拠点にたどり着き、ことの真相を聞き出す目的は果たせそうだ。

「アリサ様の立場は、察しがつきますの。成り行きで『一般人』を巻き込むことは、よしとしない。けれどもし、相手が『勇者の道』を歩むなら」

 ユッフィーの指摘に、つくづく呆れた様子でマリカが肩をすくめる。

「そこまで分かってるくせに、進んで面倒に首を突っ込むなんてバカよ」
「それでこそぉ、わたしぃの見込んだ勇者様ですぅ!」

 子和清水のメモリアが一段と、まばゆい光を放つ。あまりのまぶしさに、一同が視線をそらすと。光が収まったそこには、蛍石の如く緑の燐光を放つ蝶の羽を背中にはためかせたエルルの姿があった。

「エルルちゃんって、NPCの役割に縛られて門を潜れなかったんじゃ!?」

 ミカやユッフィーに、銑十郎たち地球人がみな驚いた顔を見せる中。エルルは薄い胸を張って、得意げな笑みを浮かべている。

「ところがどっこぉい!メモリアにチカラを注いで実体化させればぁ!!」
「…ボクちゃんと同じですのね。その手がありました」

 ボルクスが好奇心旺盛にエルルへ近づいて、気持ちよさそうに胸元で頬ずりをする。使い魔同士の親近感といったところか。

「きゃはっ、ボルクスちゃんくすぐったいですぅ♪」
「不可能を可能にするエルルちゃんだねぇ。無敵の恋する乙女?」

 マリスが感心半分、からかい半分でエルルに笑いかける。するとエルルは顔を赤くして、蝶の羽を激しくパタパタさせた。

「子和清水のメモリアは、エルル様との思い出の結晶。酒の泉を水鏡にしてわたくしたちを見守っていたようですし…」
「夢見のチカラをそんな風に使われたら、本職のあたしの立場がないわよ」

 マリカは、夢見の技に秀でた者たちの集団「夢渡りの民」の一員で、以前ユッフィーやエルルに夢見の技を手ほどきしたこともある達人だ。その彼女でさえ、こんな状況は前代未聞だった。
 本体がフリングホルニで眠っている、エルルの精神が地球で囚われて。精神体ではドリームゲートを通れないけれど、ユッフィーの持つメモリアを媒体にして夢見のチカラを送り込み、遠隔で動かせる身体を作り出す。本体の代理であるアバターがまた、さらに別のアバターを動かす離れ業。

「これでぇ、ユッフィーさぁんとずっと一緒ですぅ♪」

 エルルが無邪気に、ユッフィーをぎゅっと抱きしめる。彼女がここまで、自分を想ってくれていたことに。言葉を無くして背中に手を回しつつ、ふとユッフィーの頬を熱いものが伝っていた。

「あんた、もう後戻りできないわよ」
「逃げるつもりも、ありませんの」

 ユッフィーの返答に、マリカが内心で密かに憂いを抱く。その微妙な変化を察したマリスが、相棒の肩にポンと手を置いた。

「結局ね、ヴェネローンから一度追い出されてもこうなった。やっぱりさ、そういう運命なのかもね」
「強過ぎる願いは、呪いも同然よ。またひとつ、地獄への道に善意が敷き詰められるわね」

 そうならないように、自分たちで支えればいい。エルルを中心に、まるで家族のようなまとまりを見せつつある三人を見守りながら。マリスはかつて自分や相棒が失ったものを思い起こしていた。

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