「ミネムラさん」は本当にいたのか?~劇壇ガルバ公演 舞台『ミネムラさん』~

元東京サンシャインボーイズの主宰だった三谷幸喜の最新映画『スオミの話をしよう』が全国公開されている2024年9月、新宿の小さな劇場で俳優の山崎一が主宰する劇壇ガルバが、舞台『ミネムラさん』(以下、本作)という、「ミネムラさん」……ではなく「ミネ……ナントカさんのはなし」を上演していた。

本作『ミネムラさん』の主役は峯村リエ(ナイロン100℃)。
とはいえ、彼女が自身を演じるわけではなく、あくまでも物語としての「ミネムラさん」を演じている。

本作では、3人の作家が別々に書いた「ミネムラさん」という女性が主人公のショートストーリが展開されるが、単純なオムニバスではない。
それぞれの物語は解体・再構成され、ある物語の途中に別の物語がカットインしてくる構成になっている。
また、各物語自体も、3人の作家も交え、俳優陣(峯村・山崎一・森谷ふみ・大石継太・上村聡・笠木泉(作家も兼ねる))と演出家(西本由香)が集まり、何度も読み合わせをし、それを基に都度、変更・改訂・再編成がなされている。
そのため、解体された物語同士が再構成されているにも拘わらず、観客は1本の物語を観たような気持ちになる。

本作においては、この手法が正解だったと思う。
というのも、最後の最後の読み合わせが終わった後、主宰の山崎が突然、「(主役の「ミネムラさん」を演じる峯村の出番が多くて大変という事情も鑑みて)1本は『ミネムラさん』が出ない話があった方が良いのでは」と提案し、それに「フメイの家」を書いた細田洋平が応じたことが、結果的に物語を重層的にしたと思われるからだ。

本作は、その「フメイの家」から始まる。
長年音信不通だった知り合いから近況を報告する1通の手紙が届いた男が、何故かそれを警察に通報して、刑事が来てしまう。
そこから、話の噛み合わないー元々、警察に通報すること自体から意味は消失しているー不条理劇が展開される。
男は差出人の名前を思い出せず「ミネ……ナントカさん」と呼ぶ(それは意識的に思い出そうとするときだけで、無意識のときには「ミネムラさん」と口走ったりする)。

その途中に、「ミネムラさん」の家に最近離婚した昔のバイト仲間の女性が転がり込んでくる「世界一周サークル・ゲーム」(作・笠木)がカットインしてくる。
この物語は、「ミネムラさん」と女性が各々話す回想的モノローグで構成されている。
2人のモノローグはぱっと見、シンクロしているようにも思えるが、実はそれぞれの主観でしかなく、時系列もエピソードもバラバラで(さらに、それを語っている"今"が何時かさえもわからない)、シンクロした部分からストーリー像を結ぼうとすると却って混乱してしまう。

そしてそこからさらに、最近同居し始めた男の連れ子(赤ん坊)が泣き止まず不眠状態の「ミネムラさん」と引きこもりの妹が登場する会話劇「ねむい」(作・山崎元晴)がカットインされる。
この物語は、泣き止まない赤ん坊を「ミネムラさん」が殺してしまって、それを妹が庭に埋めた……というようなサスペンス調のストーリーだが、どこまでが本当に起こったことで、どこまでが幻覚(或いは夢)なのか判然としない作りになっている。

この3本の断片が互いにカットインを繰り返していくうちに、観客は自ずと「ミネムラさん」の像が結べる……わけではないという驚愕の展開となる。
その展開に寄与しているのが、やはり「ミネムラさん」不在の「フメイの家」で、つまり、「ミネムラさん」を思い出せず「ミネ……ナントカさん」になってしまったことから「ミネムラさん」の実存が疑われるようになっているのだ。

150席程度の小さな劇場で、オペラグラスを覗かなくてもその表情を観られるだけでなく息遣いや気配までもがちゃんと感じられる中で、実存の峯村リエが「ミネムラさん」を演じているというのに、我々観客は「ミネムラさん」が本当にいるのかわからなくなってくる。

3本の物語に登場する「ミネムラさん」は(恐らく)別々の人であるにも拘わらず、観客はそこに、唯一の「ミネムラさん」を見ようとしてしまう。
それは観客の意志ではなく、カットインを繰り返す物語たちによって仕向けられていることで、その「罠」にかかり「ミネムラさん」の像を結ぼうとすると、これが全く結べない。

私は映画『スオミの話をしよう』を観ていないのでわからないが、スオミという人がいてもいなくても、それはスクリーンの中の話だ。
しかし、本作は違う。
「ミネムラさん」というか、それを演じる峯村リエが眼の前に確かにいるのに、そこに本当にいるのかわからない。「本当はそこにいないんじゃないか」という気持ちにさえなる。
繰り返すが、峯村リエは確かに眼の前に実存としているにも拘わらず、だ。

この不安というか恐怖を味わうこと、それこそが「演劇」の醍醐味であり、それを見事に引き出した本作は、驚愕に値する。

メモ

劇壇ガルバ公演 舞台『ミネムラさん』
2024年9月20日。@新宿シアタトップス

そういえば、本作で作・出演している笠木泉さん、シティボーイズ『西瓜割りの棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を』(宮沢章夫作・演出、2013年)で観て、「どこからこの人を見つけてきたんだろう」と思っていたのだが、そうだ、宮沢氏主宰の「遊園地再生事業団」にいた人だった。

それはともかく、本文に無理矢理『スオミの話をしよう』をねじ込んだわけではない。
本作途中、登場人物が脈絡もなく「フィンランド」に行ってしまい、それで映画を思い出したのだ。

映画を観ていないので、もしこれが映画の内容に関係していたら申し訳ないのだが、国際的には「Japan」であるが国内では「日本」と呼ぶのと同様、「フィンランド」の国民は自国を「スオミ(SUOMEN、通称SUOMI←オリンピックなどのユニフォームはこちらで表記されていることが多い)」と呼んでいる。


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