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友達と「会う」ということ

 ご存知の方もおられるだろうが大半の人は知らないに違いない。僕にはInstagramで知り合った、サウナのサチコさんという友達がいる。サウナを訪問したときの情景や、サウナで出会った人見かけた人を、紙粘土で人形をつくり文章を添えて投稿している、異色のサウナーである。粘土だけではなく文章がお上手で、暗かったり重かったりする話題でも、軽妙洒脱な筆致で表現する彼女の文章が好きだ。
 僕もサウナが好きなので、インスタでサチコさんを見かけて「いいね!」を付けたり、サチコさんがnoteも書いておられるのを知ってその文章に「スキ」を付けたりしているとある日インスタでサチコさんからDMが来た。内容はよく覚えていないが、いつも「いいね!」ありがとうございますとかそんな感じのことだったと思う。そこからお互いの投稿にコメントを付ける回数が増えたり、DMのやりとりが増えたりなどして急速に仲良くなった。
 サチコさんのインスタアカウントはその間にもフォロワーを確実に増やし、また別の媒体での連載もはじまり、Twitterもはじめられて(僕はTwitterやってないのでどんな感じなのかはよくわからないが)サウナ界隈ではちょっと知られる存在になっていった。僕はそんな彼女と仲が良いことがちょっとした自慢だった。サウナー同士の会話のときには、だいたいサチコさんのことを話題に滑り込ませた。「紙粘土で人形をつくっててね、インスタに投稿してて、文章が面白くて、『月刊サウナ』に連載してて…」と説明していくのだが、話しながら思うのだ。最後に言うのは「…でも会ったことはないんだよね」であることを。

 リアルに会ったことはない。でも日常会話じみたメッセージのやりとりはする。仲は良いと思う。でもリアルに会ったことはない。それって友達って言えるんだろうか。他人に胸を張って「僕サチコさんと友達です」って言っていいんだろうか。だって会ったこともないんですよ。

 そんなもやもやした状態を一気に解決する千載一遇の機会が訪れた。サチコさんが僕の住む福井にやってくるというのだ。もちろん僕に会いにくるために、と言いたいところだが、サチコさんには僕よりも付き合いの古いサウナーが福井にいるのだ。そのサウナーはひでさんという人で、ひでさんと僕は何度か会ったことがある(最初は我がホームサウナ、余熱館ささおかでだ)が、ひでさんもその時点ではサチコさんに会ったことはない。二人が僕に秘密で会ってたらそらもう知らんけど。
 ということで、ひでさんと待ち合わせて、JR福井駅の改札でサチコさんを出迎えた。出会えないという最悪の事態を避けるために、ひでさんも僕も「歓迎来福」というメッセージボードのようなものを掲げて改札前で待ち構えたのだが、これが結構恥ずかしい。他の人にめっちゃジロジロ見られる(マァ僕も福井駅で電車から降りてきて、改札に「サウナのサチコさん歓迎来福」などと書かれたボードを掲げたオッサンが二人いたらジロジロ見るとは思う)。そんな恥ずかしさを知ってか知らずか、サチコさんとおぼしき女性は遠くから我々を見てケラケラ笑いながらスマホのカメラで写真を撮っている。
 そんなわけで無事出会えた我々は、せいこ丼を食べたり、海の見える温浴施設に行ったり(サウナーなので)、そのあと福井市内の有名なサウナに行ったり(サウナーなので)、焼き肉を食べてそのままサウナに泊まったり(サウナーなので)、次の日は東尋坊に行ったり、超おすすめのハンバーガーのお店に行ったりして楽しく過ごした。

 でまぁ、これで胸を張って「会ったことがある」と言える友達になった(友達に「会ったことがある」などと普通言わないとは思うが)わけだが、正直なところ、会う前と会った後で、サチコさんの印象は全然変わっていない。普段インスタのDMなどでやりとりしている人そのまんまだった。とすれば、友達であることの要件に「リアルに会ったことがある」というのはさほど重要ではないのではないか。そりゃ会うまでお互いの外見は断片的にしか知らないわけだが、実際会ってみて違和感を抱くほどイメージが違ったわけでもない。
 僕は自他ともに認めるオッサンであり、それなりに長く生きてきたわけだが、SNSから始まった友達というのはそうそういない。相互フォローだった人とどこかで偶然偶然会うということは何度かあったが、SNSで知り合った人がわざわざ会いに来てくれる(あるいはわざわざ会いに行く)なんて経験はいまだかつてなかった。サチコさんもご自身のインスタの投稿に書かれているとおり、SNSで知り合っただけの人に会いに行くなどリスクの高い行為であり、とても他人におすすめできることではないが、それでも会いに来てくれたのがとても嬉しい。そりゃもう今年一番嬉しかった。お互い普段からやりとりはしているので、実際に会っても話題が尽きることはなく、どちらかといえば昔からの友達にひさしぶりに会った感じに近い。
 普段から頻回にやりとり(手段はなんでもいいわけだが)している「友達」に、リアルに会うことはさほど重要でないかもしれないが、普段からやりとりしているからこそリアルに会いたくなるのが、友達というものかもしれない。

 ちなみに、サウナのサチコさんのコンセプトは「いま、会いに行ける粘土女」だそうである。

サチコさんが来福したときの話が掲載された月刊サウナ2022年2月号です。もちろん有料です。

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