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1-3.心理支援の現場で今,何が起きているのか


下山晴彦(東京大学)

緊急事態宣言が出される直前の状況において,心理職の現場で何が起きていたのかをみていきます。新型コロナ・ウィルス感染者が増加し,社会の危機感が高まった時期に,臨床現場で働く心理職にインタビューをしました。その結果,メンタルヘルスの現場において,災害事態に類似する,特異なストレス状況が生じていることがみえてきました。“見えない”感染の不安に怯えている中,社会的交流が閉ざされ,人々の孤立化が進んでいます。そのような厳しいストレス状況において,心理相談や心理支援へのニーズが高まっています。しかし,人と人との密接な交流においてウイルスが伝染する事態では,面接室の中での密接な心理的交流を基盤とする心理相談や心理支援の実施が困難になる事態も進んでいます。

ある心理相談センターでは,緊急事態宣言が出たことで活動の一時休止をクライエント様にご連絡をした際に,「必要とするクライエントがいるのになぜ続けないのか」,「病院は続けているのに!」,「代替措置はないのか」等と,ご不満を述べられるクライエント様が少なからずおられたとのことです。電話相談やネット相談も代替措置として取り入れられつつあります。しかし,それだけで十分なのでしょうか?

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単科精神病院,総合病院精神科,小児科クリニック,発達障害支援施設,企業の相談室,予備校の学生相談室で勤務する心理職からの現場報告をまとめ,今まさに臨床の現場で何が起きているのか,そして今後心理職はどのような活動を展開していく必要があるのかを検討しています。新型コロナ・ウィルス対応は長引く気配です。心理職は,今自分たちは何をしなければならないのかを,この現場報告からぜひ学び取ってください。


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新型コロナ・ウィルス対応の環境における
心理支援の現場からの報告


単科精神科病院──症状悪化とアウトリーチの増加

コロナ・ウィルス拡散の初期のデイケアでは,コロナ・ウィルス対応への価値観や意見の違いが話題になり,グループワークが盛り上がるということもあった。いつもはまとまりの悪いメンバー全員が,そのときはコロナ・ウィルスへの不安感を共有するという現象があり,興味深かった。しかし,そのデイケアも院内感染の危険で早期に中止となった。問題が深刻化し,社会不安が高まってきたことにともなって,幻聴が増悪するなど多くの入院患者は調子を崩し,病棟はテンヤワンヤとなった。外来患者様も生活が乱れ,症状が重くなっている。遠隔での診察が可能となったことで,電話診察が多くなった。待合室での患者同士が濃厚接触になることで院内感染がでる危険を避けるため,患者を病院に越させないために往診や訪問看護などのアウトリーチが非常に増えた。

精神科クリニック──ひきこもりによる症状悪化へのファーストエイドの必要性
多くの患者様は,感染が怖く,しかも行政の外出自粛要請もあり,自宅に閉居している。そうすると,大抵の精神疾患は悪くなる。強迫症,パニック障害,うつ病の患者様のように行動活性化が必要な患者様は,家から出られないことで,皆さん具合悪くなる。しかし,安全な範囲で行動活性化は維持してほしいと思う。その際,「このように自宅や自室で過ごすと,今より状態を悪化させることはない」という情報提供やアドバイスができるとよい。たとえば,「自宅でストレッチしたらいい」「人混みを避けて散歩しよう」「電話でいいから人と話そう」といった基本方針を伝えて課題を共有するだけでも安心に繋がる。そのような対応や支援ができることが,悪化予防のためのファーストエイドとなる。その点で災害事態にも近い厳しい状況にあると感じている。

総合病院精神科の心理室──感染恐怖と来談回避,テレワークのストレス
キャンセルはすごく出ていている。精神科患者様は,呼吸器科に来る人を恐れて来院しなくなった。薬は,配達対応をしている。多くのクライエント様から「電話相談ができないか」と求められたが,それをしているとキリがないので断っている。あと,テレワークとなった会社員にとって,在宅勤務が凄くストレスになるという訴えが多くなった。今後,テレワークのストレスや不安による症状悪化が増えてくると予想している。

発達障害関連の精神科クリニック──相談内容の変化
相談内容そのものに,コロナ・ウィルスのことが凄く関係してくる。構造化されている習慣行動ができなくなり,パニックに近い症状もでている。誰もが心配し,不安になっている。特に強迫症状を示す患者様は症状が強くなっている。さらに,「日本社会全体のこういうムード自体が嫌だ。非常に気が滅入る」という相談が増えた。逆に,漠然とした不安で来談したクライエント様が,ご自身の不安は扱えなかったが,コロナ・ウィルスへの恐怖や不安を意識して,現実的な対応ができるようになったこともあった。

小児科クリニック──休校の影響と,家庭内ストレスの増加
学校が休校になり,しかも塾がお休みになって在宅ストレスが高くなっている。特に衝動性の高い子どもは,エネルギーの発散がうまくできなくて厳しい状況となっている。家庭内暴力が増えた印象がある。発達障害の子どもも,通常の生活パターンができずに混乱している。それを受けて家族のストレスが高まっている。虐待ケースやDVケースなどでは,子どもは,なるべく家の外にいる対応をしていた。しかし,この状況で家に居てはいけない子どもが家に居ることになるために,家族間の葛藤が激化し,深刻な状態になる。虐待やDV,家庭内暴力が増えてくる。それへの対応が緊急の課題となる。

医療関連会社の社員相談室──罹患のトラウマと,風評被害
当初は,自分たち会社がコロナ・ウィルス患者をサポートするのだというミッションで高揚している社員も多かった。しかし,その高揚感が冷めてきて疲労感から相談に来る人が増えてきた。コロナ・ウィルス対応をしている社員が罹患した場合のトラウマ対策を考えることも課題になっている。それと関連してコロナ・ウィルス対策に関わる人への風評被害が深刻になっている。コロナ・ウィルス患者の治療に当たる医療者や,その家族が“ばい菌”扱いをされ,避けられることも起きていると聞く。コロナ・ウィルスに関わる医療社への社会的サポートが必要となっている。

予備校の学生相談室──相談活動とリスク管理のコンフリクト,相談中断の影響
3月は学期の終わりで,相談の区切りをつける大切な時期。心理職は最後の終結までしっかりと面接をしたいと望んだ。しかし,管理者や経営者は,密室での面接となる心理相談は感染の危険があるので中止するようにと要望してきた。そこで心理職と管理職で対立が生じた。結局閉鎖となった。また,グループワークも危険ということで中止となり,再開は難しそう。相談が急に中断してそのままになっていることの危険性を感じている。なんとかZoomやSkypeでネット面接ができないかと試みているが,現実的なシステム管理が難しくてできないでいる。

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