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26-2.発達障害の認知機能の特徴

(特集 春の花形研修会ご案内)
高岡佑壮(東京認知行動療法センター/東京発達・家族相談センター)
Interviewed by
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)+
北原祐理(東京大学 特任助教)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.26

【講習会のお知らせ】
■発達障害の「認知機能の特徴」を学ぶ■
──発達障害のある人の「ものの見方・考え方」理解へ


【日程】2022年2月27日(日)9時~12時
【講師】高岡佑壮先生(東京認知行動療法センター/東京発達・家族相談センター)

【講習会の狙い】発達障害のある人の体験世界に沿って見立てと支援をする基礎を学ぶ。
前半(認知編)では,発達障害の特性が強い人の見えている世界を,認知の仕方(認知機能の特徴)から説明する。後半(問題編)では,そのような世界の見え方だと,どのような臨床上の問題が起こりうるかを理解し,見立て(ケースフォーミュレーション)を立てる際の視座を養う。

【参考文献】『発達障害のある人の「ものの見方・考え方」』(高岡佑壮 著,ミネルヴァ書房,2021年11月刊)

【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員]https://select-type.com/ev/?ev=M9RjXGGtIKE(1,000円)
[iNEXT有料会員以外・一般]https://select-type.com/ev/?ev=cneA9fIR7CU(3,000円)
[オンデマンド視聴のみ]https://select-type.com/ev/?ev=ia6x3T8Yw98(3,000円)

1.発達障害支援は一律な適応指導でよいのか?

[下山]最近の発達障害支援では,民間企業などさまざまな基盤を持つ団体が参入したということもあり,安易な診断に基づいて発達障害のレッテルを貼り,お決まりのSSTなどを用いて適応指導をするということが少なからず生じています。一律に適応指導を実施することは,むしろ発達障害のある人の個性だけでなく,自己や主体性をも潰してしまう危険性があります。

言うまでもなく,発達障害といってもASDとADHDでは,その特徴は全く異なります。ASDであっても一人ひとりの“ものの見方や考え方”,つまり認知機能の特徴は異なっています。ですので,その人に適した支援を組み立ていくためには,その人の認知機能の特徴を理解していくことが重要となります。認知機能の特徴に基づく支援ができてこそ,発達障害のある人の主体性や自己の育成につながるといえます。

そこで,臨床心理iNEXTでは,冒頭でご案内した『発達障害の「認知機能の特徴」を学ぶ』講習会を企画しました。講師は,発達障害の認知機能の特徴をとてもわかり易く解説している『発達障害のある人のものの見方・考え方』(ミネルヴァ書房)※)の著者である高岡佑壮先生にお願いしました。

※)『発達障害のある人の「ものの見方・考え方」─「コミュニケーション」「感情の理解」「勉強」「仕事」に役立つヒント─』(ミネルヴァ書房,2021年11月刊) ⇒ https://www.minervashobo.co.jp/book/b592118.html

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2.「ものの見方・考え方」は一人ひとり違う

[下山]臨床心理マガジン26−2号では,講師の高岡先生にインタビューし,『発達障害のある人の「ものの見方・考え方」』のエッセンスと講習会の狙いを教えていただきます。まず,高岡先生が同書において読者の皆様にお伝えしたかったことを教えていただけますでしょうか。

[高岡]お伝えしたいことは,たくさんあります。敢えて要約すると,「人間の“ものの見方・考え方”は,一人ひとり細かく違います」ということです。つまり,「“身の回りの物事の捉え方”である情報処理の仕方は,一人ひとり違っている」という人間“観”を何よりもお伝えしたいと思っています。我々が一般的に考える以上に,見え方,聞こえ方,頭の使い方は,一人ひとりでとても異なっているのです。

単純な例を挙げてみます。いわゆる視野が広く,いろいろな人の表情や動作をすぐに見て取れる人がいます。そういう人は,例えば飲み会のときに,誰のお酒が足りていないか,誰が楽しめていないかに気づき,すぐに注文をしたり,柔軟に声をかけたりするのが得意な場合が多いです。逆に全体を見ることが苦手で,特定の狭いところを深く掘り下げて考えることが得意な人もいます。そのような人は,特定のテキストの細かい部分までしっかり読み取って考えることなどは得意な一方で,飲み会での気配りなどは苦手だという場合も多いです。

このように情報処理の仕方は,細かくみていくと一人ひとり本当に違っています。そのことを,まず伝えたいと思っています。このような理解が前提になっていないと,何かがうまくできていない人がいた場合,「どうしてできないのだ!」と責めてしまいがちになります。先ほどの例に関して言えば,飲み会の幹事が苦手な人に「どうしてできないのだ。やる気がないからだ!」と批判してしまうことになります。

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3.“普通”という基準は発達障害のある人を苦しめる

[高岡]発達障害のある人の中には,コミュニケーションが苦手であったり,特定の課題がかなり苦手であったりといった人も多いです。そのような人に対して,周りの人が「どうしてできないのだ!」と責めてしまうことは珍しくないかと思います。本人も,「周囲の人は普通にできているのに,どうして自分はできないのだろう」と考え込んでしまう場合が多いかと思います。

本来人間は一人ひとり個別性が高く,一人ひとりの細かい違いがあって当然なのですが,「“普通”はこうなのに」と思うと,余計に戸惑ったり,ストレスを溜めてしまったりします。発達障害のある人がそうならないようにすることの必要性を第一にお伝えしたいと思っています。

[下山]なるほど。「ものの見方・考え方」は一人ひとり違うということですね。脚の長い人と短い人は,外から見てわかります。だから,走る速さが違っても「怠けている」とはならない。「それなりに頑張っている」ということになる。しかし,「ものの見方・考え方」は見えにくい。それで,できないのは「やる気がない」「わがまま」などと責められることが生じる。御本人もわからないまま苦しみ,余計な悩みを持ち続けることになる。それは避けたいですね。

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4.安易な発達障害の診断とレッテル貼りの危険性

[下山]「発達障害」は,最近では診断が乱発されているように思います。何か問題行動があると,その理由として「発達障害だから」とされる。「発達障害」という言葉が問題の原因として一人歩きしていると感じます。まるで特別な“病気”や“疾病”のように扱われてしまっています。発達障害を一人ひとり違う情報処理の,ひとつのあり方とするならば,病気として診断することには慎重でなければと思いますが,その点についてどのように考えますか?

[高岡]発達障害についての世間の捉え方についてどう思うかということですか?

[下山]世間だけでなく,専門家である医者や心理職の捉え方も含めて,現在の発達障害の概念の捉え方についてどのように考えるかということです。

[高岡]私も発達障害の概念の一人歩きは止めないといけないと思っています。「なんかよくわからないけど,発達障害だから問題を起こすんだね」といった理解は止めないといけない。そのような理解をしてしまうのは,一人ひとりの細かい情報の処理の仕方の違いに関心が向いていないからではないかと思います。その結果,安易なレッテル貼りばかりになってしまいます。

例えば,コミュニケーションがうまくいかない小学生がいたとしましょう。その親が「うちの子は発達障害だから人付き合いがうまくいかないのかもしれない。友だちができないかもしれない」と心配してクリニックに相談に行きました。そこでもし医者が,具体的な部分はよくわからないままで「自閉症スペクトラム(ASD)かもしれませんね」と言ったら,「具体的なことはよくわからないけれど,この子は友だちができないから,特別支援学級に入れた方がいいね」という流れになってしまいます。

それに対して,「この子は大多数の子に比べたら,色々なことにバランスよく注意を向けることが苦手なのだろう」→「だから,友だちと大勢でドッジボール,キックベース,みんなでお遊戯することには興味が持ちにくい」→「でも,1つのことに注意を向けることは得意で,例えば動物の図鑑を見るのはすごく好きだよね」→「だから,集団で遊ぶのは苦手だけど,好きなものを共有できる相手と,その好きなものについて話すという友だち作りはできるよね」となればよいなと思います。その人の情報処理の仕方を大切にするというのは,このようなことです。

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5.認知機能の特徴に基づく見立てと支援

[高岡]このようにその子の“ものの見方・考え方”(=情報処理の仕方=認知機能の特徴)がわかっていれば,単に「その子は友だちができない」ではなく「好きなものを媒(なかだち)にして友だちを作ればいい」といったような具体的な理解もしやすくなると思います。それから,「その子は認知機能的に,集団の中での臨機応変な対応は苦手だろう。だから,その子がどうしても集団に合わせないといけないときは,集団に入るときの言い方を前もって知識として覚えておけばよい」といったように,苦手な活動をカバーしていく方法も具体的に考えやすくなると思います。

漠然と「ASDだ」と考えてしまうのではなく,「“注意が一点集中する”,“広い視野は持ちにくい”という認知機能の特徴があるが,その替りに特定の分野に対して掘り下げて考える発展的な思考力が高い」といったような見立てができたら,その子の支援の方針が見えやすくなります。このようにすれば雑な対応をしなくて済むようになります。そのためには,発達障害か否かだけではなく,その人が具体的にどのように身の回りの情報を知覚して,考えているかについて焦点を当てることが必要だと思います。

[下山]なるほど。情報処理の仕方,つまり認知機能の特徴を丹念に見ることがないと,発達障害かどうかの判断も危いということですね。さらに,それがないと,発達障害の判断や診断をするだけで終わってしまい,特別支援や療育に入れればいいということになってしまうということもありますね。その人の認知機能の特徴を個別に見ていくことが適切なアセスメントであり,具体的な支援につながるということがよくわかりました。

[高岡]もちろん特別支援学級や療育に行くことで,具体的な支援につながるのなら,それはそれでよいと思います。「この子は特別支援学級に行って,特殊なサポートを受けたほうが,持っている能力を発揮しやすくなるだろう」といった具体的な方略のもとに支援につながるのは良いと思います。そうした具体的な事柄を念頭に置かず,機械的に「友だち作りができないから発達障害」とするだけだと,周りの人たちがラベルをつけて安心しているだけということになってしまいます。

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6.発達障害を身近なこととして捉える

[下山]発達障害のラベルを付けて周囲の人は安心し,本人はわからないまま差別されてしまうことがありますね。その点と関連するかと思いますが,高岡先生先生の御著書『発達障害のある人の「ものの見方・考え方」』のユニークな点として,各節の最初にイラストレーターの安川ユキ子さんの素敵な挿絵が入っていますね。

そこには,発達障害のある人が困っている場面が描かれています。それは,発達障害のある人だけでなく,誰でも「あるある」と感じる“情報処理困難”場面です。その挿絵の場面を題材として問題状況の説明がまずあります。そして,その後に,そのような場面をどのように考えればいいかという解説が入り,情報処理に関する専門的な内容が書かれています。

高岡先生としては,このようなイラスト入りの発達障害の本格的解説書という仕組みによって,どのようなことを目指したのでしょうか? 専門家だけでなくて,多くの人に読んでほしいということがあると思うのですが,どのような読者に対して,どのようなことを伝えたいと考えたのでしょうか?

[高岡]発達障害を“身近なこと”として捉えてもらいたいという気持ちはあります。身近とはどういうことかと言うと,「発達障害」を何かものすごく特別な,異質なことと考えないでほしいということです。むしろ,発達障害のある人について,「誰でも多少はもっている物事の情報処理の独特さが,特に強い人」というように理解した方がいいのではないかと思います。ASDなら情報の同時処理がとても苦手,ADHDなら頭の中に情報やたくさん浮かびすぎるなど,あくまでもその独特さがかなり強い方々がいわゆる「発達障害のある人」だということです。

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7.発達障害を異質なものとして捉えない

[高岡]情報処理の独特さ自体は誰でも持っているものだと思うわけです。だから,本の中のイラストなどを通して,「これは誰にでもあることだ」というのを伝えたいと思っています。本文に書いてある例についても,重度の発達障害のある人だけに見られることではなく,日常生活の中でよくあることをなるべく盛り込みました。誰でも多かれ少なかれあるという身近な問題だと考えたほうが,発達障害のある方をサポートするときにも,その人を必要以上に「異質な人扱い」しなくてよくなるかと思います

何より,そのような観点を持っていた方が,この本を読んだときに「自分の生活で経験している問題をどうするか」を考えやすくなるのではないかと思っています。例えば生活の中でよくあるうっかりミスや,コミュニケーションの失敗などについてですね。

そして,そのような身近な問題を通して認知機能の特徴について考えていただければ,それが発達障害を適切に理解する手がかりにもなるのではないかと考えたのです。

[下山]確かにイラストによって問題場面への導入がされていることで,読者は自分のこととして発達障害のある人の認知機能の特徴を理解できるのですね。実は私の家族も高岡先生の御著書を読んで,「これって誰にでも“あるある”だね。自分のものの考え方の特徴がわかって自己理解ができた」と言っていました。確かに,読んでいて自分の“ものの見方・考え方”の理解が深まるということはありますね。

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8.講習会の狙い

[下山]御著書は,発達障害のある人も含めて誰が読んでも自己理解が深まり,発達障害の特性の理解も深まるという,すごくユニークな本だと思います。そこで,そのエッセンスを講習会で解説していただくことになりました。前半は「ものの見方・考え方の理解」,後半は「ものの見方・考え方によって社会生活で起こること」をテーマとしています。内容を紹介していただけますか?

[高岡]講習会は3時間ありますので,前半では,そもそも発達障害の特性が強いと言われる方が,どんなふうに身の回りの情報に注意を向け,物事を考えているかということについての仮説を説明します。今までの研究からわかっていることに基づいて説明します。その際に,単純にASDはこう,ADHDはこうという一括りにする説明はしないようにしたいと考えています。

ASDにはこういう情報処理の癖を持っている方が多いといった,様々なタイプの癖を紹介したうえで,どの癖がどのくらい現れるか,ということは個別であるということを伝えたいと思っています。ASDはこう,とレッテル貼りをすると中身を見ないことになるので,あくまで一人ひとりは個別であり,その個別性を見立てていくときの手がかりとして癖を説明します。それが一人ひとりにどの程度当てはまるのかというのを見立てることに役立つ内容を説明していきます。それが前半です。

[下山]スペクトラムという概念が関わってきますね。どの色が強いかという見方があり,その人のバリエーションが見えてきます。

[高岡]『発達障害のある人のものの見方・考え方』では第1章から第4章までの全てで背景にある認知機能の話をしています。講習会の前半は,色々な日常生活の問題の背景にある認知機能の解説をします。後半は,それが社会生活の中で現れると,どのようなトラブルやうまくいかなさにつながるかというお話をします。そこにはコミュニケーションのトラブル,感情の理解のトラブル,勉強や仕事のトラブルも含まれています。講習会の前半と後半は本の構成とは必ずしも一致はしていません。

[下山]なるほど。第1章はコミュニケーション,第2章は感情の理解,第3章は勉強の仕方,第4章は仕事の仕方,となっていますね。私たちが生活するうえでの様々な場面に特性がどのように現れるか,ということですね。それでは,講習会の後半の内容についてもう少し教えていただけますか。(次回に続く)

【募集中の参加型講習会】
自分を取り戻すためにアダルト・チルドレンに学ぶ
─メンタライジングも併せて学ぶ─

■2022年2月5日(土)9時~12時
https://note.com/inext/n/n9b9cdfb48fe6

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■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)

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◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

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