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9-3.子どもの認知行動療法の臨床活用-研修テーマご案内-


(特集 今でしょ! 心理職スキルアップ!)

松丸未来(東京認知行動療法センター/東京都公立スクールカウンセラー)

1.研修の目的
臨床心理iNEXT研修「心理職スキルアップ2020夏」において,8月23日(日)14時~の講義:「子ども認知行動療法の臨床活用」では,認知行動療法を子どもの心理支援に活かす方法について解説します。本項では,その内容を簡潔にご紹介します。

私が認知行動療法は役に立ちそうと思い,勉強し,臨床に取り入れ始めたのは,2008年頃からになります。その頃から変わらないのは,子どもたちに出会う毎に,試行錯誤しながら関わっている点です。

認知行動療法は,実際セラピストのお道具箱として役に立つアイテムでいっぱいなのですが,そのアイテムが本当に生かされるのは,子どもとどう関わるかです。具体的には,いかに子どもを理解するか,そしてその見立てに基づいて,どうアイテムを使っていくかが重要となります。

そして,子どもの信頼を得た上で協働していくかが鍵となります。本文,そして研修では,認知行動療法の理論やテクニックを紹介しながらも,目の前の子どもに応じてどう認知行動療法を活用していくかを考えていきます。

2.動機づけ
子どもが感じている苦しみと大人が思っている「問題」には,ズレがあります。大人が思っている行動上の問題(不登校,自傷行為,暴力,避けるなど)は,子どもにとっては「普通」のことです。つまり,子どもにとって,それはれっきとした対処法です。「普通」であるから,当然,セラピストに自ら相談しようとは思わないのです。まずは,そのズレがあることを認識しないと面接は続きません。

例えば,保護者は,「何もかも親が一緒でないとできない」ことに問題を感じています。しかし,本人は「怖いと思うのが嫌だ」と言います。つまり,本人にとって怖いのだから親と一緒にすることは普通なのです。だから,セラピストとしては,「お母さんがいなくてもできるようになるといいね」と話し始め,目標を定めてしまうと,それは子どもにとって,セラピストは自分をわかってくれない人になるばかりではなくて,嫌なことをする人になってしまいます。

むしろ,「一人って本当に怖いよね」と,本人の怖い気持ちを受け止めた上で,どのような場面で,どのように考え,どれくらい強く,どのように感じ,どのような行動を取るのかを自然に聴いていかなければいけないのです。その中で,「一人でもできるようになったら嬉しいことってある?」「今,何か不便なことない?」などと聞き,子どもがどうしたいかを軸に目標設定をします。

3.ケース・フォミュレーション
昨日や今日などの直前の出来事を話してもらう方法があります。記憶に新しく,具体的に聞きやすいからです。きっかけ,考え,気持ち,身体の様子,行動を聞きながら,その場でケース・フォミュレーション(以下,フォミュレーション)を作ります。

例えば,「もう本当に私ってだめなんですよ」と語る中学生に,「昨日だめと思ったのはどんな時?」,「その時,どんなことが頭によぎったの?」と聞き,さらに,「それってどういうこと?(それってどういうこと調査法①*)」と聞いていくうちに,その子の認知が,「完璧でないとだめだ」という思い込みに基づいていることがわかります。そこまでわかれば,さらに気持ちや身体の様子なども聞きながら,その子に起こっている悪循環をその場で書き出し,フォミュレーションを作り*②,共有します。

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*②フォミュレーション


フォミュレーションの強みは,問題が整理されると同時に外在化することによって,子どもが問題と自分に距離を置くことができる点です。子どもは自分が責められている感じがなくなって,セラピストが自分の理解者となり,一緒に問題に取り組んでくれる仲間になるような感覚を持ちます。

二つの例を通して子どもとの「出会い」について考えてみます。一つは動機づけ面接,もう一つはフォミュレーションを通して子どもと協力関係を作ります。セラピストは,子どもが生きている世界を知りたいので,子どもの認知・感情・身体の様子・行動に関することやそのつながりを教えてもらいながら,理解を深めていきます。(時々脱線し,子どもの趣味の話で楽しく盛り上がることもありつつ。)

4.セラピストのお道具箱
本文は,限られた誌面の関係で,認知療法寄りの認知行動療法についてのみ紹介します。理論的説明は,参考文献に説明されているので,本文ではエッセンスだけを紹介します。

認知行動療法は,認知・感情・身体の様子・行動の4つの要素がどのように反応し,それらのつながりがどのような悪循環を起こしているのかを見立てます。その上で,それぞれの要素に介入するためのさまざまなテクニックがあります。それぞれの要素でどのように工夫して子どもに介入するか一例を紹介します。

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5.感   情
朝起きられない(保護者はよく「朝方は爆睡です」「起こしたこともまったく覚えていません」と教えてくれる),体が重い,腹痛,吐き気など身体症状を理由に家で過ごす子どもたちがいます。

このような子どもたちの多くは,自分の感情に気付き,語るのが苦手です。さらに,感受性が強い子どもが多くいます。本当の気持ちは秘密のベールに覆われていて,頭ではどうすべきことがわかっていますが,体がついてこないということになります。(幼少期から,気持ちを出すことを我慢するのを学習してきた結果か,親に心配かけたくないと思って我慢してきた結果か,そもそも発達障害が背景にあり,感情のセルフモニタリングが苦手なのか,いろいろな場合と複合的な場合とがあります)。でも,自分の感情を感じ取り,語り,対処法を取れるようになるとずいぶん生活しやすくなります。

感情を感じとる一歩として,人型の塗り絵*③を使って気持ちを色で表す方法をしたり,ドキドキメーター(怒りの温度計などという名称*④)で負の感情の強さを表したり,それぞれの気持ちに応じてどのような体の反応が起こるか丸をつけたり(気持ちと体のつながりの理解),表情ポスターで自分の気持ちに合う表情を選んだりして,感情を感じとる練習をします。会話の中でも,「どんな気持だったの?」,「他にも感じた?」などと聞きます。地道な作業ですが,だんだんと感情を感じ取り,言葉での表現もできるようになります。また,その過程で,負の感情が大切にされている感覚を子どもは育てていきます。

感情を意識し始められれば,呼吸法*⑤自分がほっとできる場所をイメージする方法*⑥筋弛緩法*⑦好きなことで気分転換する方法*⑧が生きてきます。

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6.周囲の大人への感情教育
特に幼少期の子どもの場合,関わる保護者や教員が負の感情に向き合い,受け止める大切さを理解すると子どもは徐々に安定します。

例えば,ある学校の階段につまずき痛そうにしている児童がいました。近くにいたSCと教員2名が近づきました。「大丈夫! 痛くない!!」,「もうすぐチャイムが鳴るからがんばって!」,「痛かったんじゃないかな? 歩ける?」とそれぞれが声をかけました。

読者の方はどれが,SCの声かけかわかると思います。痛みをなかったことにしたり,我慢させたりするのではなくて,「痛い」を感じていることを受け止め,その子どもがどのようにその痛みを自分なりに収めるかを見守るのが子どもの感情の育ち,コントロールできるようになるためには必要です。

子どもの感受性や感情の強さには個人差があります。相談に来る保護者や教員が関わる子どもは,感情のエネルギーが強い子が多く,どう大人が子どもの感情に関わるかは,認知行動療法の感情の部分ではキーポイントになると考えます。


7.認   知
「○○が嫌い。むかつく」と訴える対人関係を築くのが難しい中学生(小学校のいじめ経験があり,不登校中)は,いじめられている時から,「別になんとも思わない」と平然を装うようになっていました。中学生になり性格が強いクラスメイトとの関わりがいじめ体験をフラッシュバックさせ,腹痛から不登校になっていきました。

知的理解の高い子であったために,認知へ働きかける会話をしました。友達に対する不満を話す中,セラピスト(SCとして)が返した言葉の一つとして,「相手の子があなたの悪口を言うのは,不安の裏返しかもしれないね。実は,(あなたに)嫌われるのが怖いのかもしれないよ」と語りかけました。

「悪口は不安の裏返し」という理屈は,今まで思いつかなかった新たな見方だった様子でした。次に会った時に「確かに,○○は自分以外の人の悪口も言っている。自分だけ嫌われているのではないかもしれない。だから信じられないって言うのもあるけど」と〈嫌われているよりもむしろ,その子は不安なんだ〉という視点で友達を理解することができました。なおかつ,その視点は,信じられる友達と,表面的に付き合う友達を分けて考える助けとなりました。

また,教室に短い時間いられた時に,怖いと思っていたクラスメイトを避けるのではなくて,話したら案外優しかったという体験を通して,自分が思っていたことと違うこともあると思えて,いろいろな見方ができる助けとなりました。学校にいる間,本人はかなり疲れていますが,相談室で息抜きをしながら,クラスメイトと過ごす時間を通して,新たな発見,学習へとつながりました(新たな考えに対する行動実験)。

この例は,ワークシートを使った認知再構成法をしたわけではなく,自動思考を取り上げ,他の見方があることを伝えることで,「そんな考えもあるかも」と気付き,その気付きがきっかけとなり,日常場面で考えを検証し,視野を広めた例です。

子どもの自動思考をキャッチし,「考え方のくせ」(ダメダメ色めがねべき思考読心術師のような考え方など*⑨)を見出し,どのような特徴があるかを説明し,合言葉のように「読心術師になっていない?」などと返し,「またなっちゃったね。他にどんなふうに思える?」と会話することも多くあります。そのような合言葉で自分の考えのくせを子どもが意識し,自分で他の考えを見出せるようになる場合もあります。

子どもとの関わりでは,とにかくよく褒めます。結果であれ,プロセスであれ,子どもが気付いたことであれ,成長を感じられる部分であれ,セラピストは小さな変化を見過ごさず褒めます。マイナスの自己イメージを持つ子どもの自分に対する思いが少し変わり,自分を受け入れていく一歩に繋がります。

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8.行   動
抑うつタイプの子どもには「行動活性化」を取り入れ,不安タイプの子どもには「エクスポージャー」を取り入れます。どちらもある子どもには,まずは「行動活性化」で少し元気が出てから「エクスポージャー」に臨みます。PTSDタイプの子どもには,「安心」の積み重ねを通して過去の恐怖体験に上書きをします。どのような場合も,「ご褒美」は必要です。

行動活性化の工夫の例では,不登校で,親が何もかも子どもにやってしまっていて,家が居心地良くなり過ぎている場合(望ましくない行動に対しての強化になっている)があるので,親がやってあげていたことを自分でやれるような工夫から始めます。

例えば,子どものリクエストに応じて,すぐに買ってきてあげているのをやめて,買いに行かせるようにしたり,食事の時間に起きてこなければ,用意されていた食事を自分で用意して片付けたりさせます。

また,子どもの好きなことに関連して少し行動できるような働きかけをします。睡眠リズムを整える試みもしますが,日中することがなく,みんなが活動している時間に自分は同じように活動できない劣等感や罪悪感から,朝起きて,日中活動して,夜寝るパターンを作るのは容易ではありません。

睡眠日誌活動記録表を使い(幼少の子どもは保護者と一緒に書いてもらう),日中の活動を増やす工夫をして夜睡眠できるような工夫もします。行動することは,活性化するためでもありますが,小さな達成感や楽しみを得られて,動き出す一歩となります。その一歩は好循環への一歩になる可能性があります。

エクスポージャーの例では,不安に徐々に立ち向かっていく練習をします。子どもに不安階層表は使いづらく(高校生以上には使う),セラピストの頭の中でイメージとしてあるがわざわざ書き出すことはあまり多くはありません。不安の特徴や不安曲線,エクスポージャーの有効性については,わかりやすく説明します(例え話やストーリー仕立てで話したり,グラフを書いたりして)。

冒頭の母親と離れられない小学生の例では,「受付の人にいいもの渡しておいたから,受付の人に好きな色は何か聞いてきてからそれを受け取ってきてくれる?」とその場で,同席している母親と離れる課題をやってみることを促します。本人が「よしやるぞ」と決断するまで,大人は見守り,なんとか勇気を出し,実行できました。それから,回を重ねるごとに躊躇する時間は短くなり,「もう簡単」と笑顔で帰ってくるようになりました。

大いに褒めて,不安の度合いがどのように変化したかを聞き,やり始める前は不安が強くはなりますが,時間と共に弱まることを経験できたかを確認します。その場で簡単な課題を出すのは,日常でも「母親と離れる課題」を実験してきてもらうため,やり方やコツを掴んでもらうためでもあります。実験結果はできたこともあればできないこともあり,自分で考えてチャレンジしてくることもあります。

不安のイメージを絵で表現してもらい,どんな怖さかを共有したり,そんな不安をどうやって飼い馴らすか話し合ったりもします。不安に立ち向かう練習をしながら,本当に怖いことと,自分が作り出し怖くなっているもの(予期不安)を分けたり,不安に立ち向かったりしながら,「安心」や「大丈夫」,「できた」を積み重ねていきます。

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9.常に子ども中心に考えてエンパワメント
感情や認知,行動に関する介入の活用方法を紹介してきました。全てお互いに影響し合っており,行動することで,実感し,気付きに繋がる。どんな「実験」ができるかは,工夫が必要です。

次回会った時に実験結果を聞き,一緒に検証していき,子どもの成長を一緒に喜びます。うまく行かないことや実感できないことも当然あるので,「試しにやってみて。実験だから。うまくいくかもしれないし,うまくいかない場合もある」,「今回のはセラピストのミスだったね。作戦練り直そう」と会話することもあります。

常に子ども中心に考え,エンパワメントし,楽しいこともしながら関わっていきたいですね。

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参考文献
「子どものための認知行動療法ワークブック 上手に考え,気分はスッキリ」
ポール・スタラード著,松丸未来・下山晴彦監訳(2020)金剛出版

*①「それってどういうこと調査法」p.142
*③「人型の塗り絵」p.185
*④「気持ちの温度計」p.191
*⑤「呼吸法」p.197
*⑥「心が落ち着く場所」p.205
*⑦「筋弛緩法」pp.195-196
*⑧「気分転換」p.199

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