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16-3.春の研修会に向けて

(特集 公認心理師になる)
若手心理職
+下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.16

1.春を迎えるために

もうすぐ春分を迎える。例年であれば,新年度に向けて一気に気持ちが切り替わっていく時期である。学校であれば卒業式があり,入学や進学の準備が本格化する。会社では,異動が発表になり,新入社員を迎える準備が進む。しかし,今年は,コロナ禍が継続し,気持ちの切り替えが難しい。お花見もできない。まだまだ自粛生活を粛々と続けなければならないという意識が強い。

しかし,自粛生活という状況は,表面的な静けさに過ぎない。コロナ禍に直面したことで,DX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉に代表されるように社会のデジタル化が進み,水面下では社会構造の根本的な変革が進んでいる。第4次産業革命が粛々と,そして確実に進んでいる。
臨床心理マガジン11-4https://note.com/inext/n/n2d34ba612f73

そのような社会変革の中で,心理職はどのように時代の変化に向き合っていったらよいのだろうか。折しも公認心理師制度が施行されて4年目を迎える。公認心理師制度の施行を契機として,心理職のキャリアの可能性が広がるのではとの希望もあった。さらに,時代の変化に即応できる専門職として発展していくことも期待された。

ところが,現実は,それとは逆の方向に進んでいる。公認心理師ができる過程で複数の職能団体ができた。関連学会の対立もあり,心理職としてのまとまりが無くなってきている。心理職として目指す方向の混乱が生じている。そのような状況において,若手心理職は,どのような専門職を目指してよいのかわからなくなっている。

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2.春の研修会のアナウンス

今年の臨床心理iNEXTは,そのような心理職の現状を踏まえた上で,専門職としてのキャリアデザインを応援することを目標とした。キャリアアップとせずに,キャリアデザインとしたのは,キャリアのアップ(上昇)という一方向だけでなく,多様な働き方やキャリアのあり方を尊重したいと考えたからである。

そこで,臨床心理iNEXTの今年の課題を心理職の多様な発展に向けて継続的・体系的に専門技能の「研修」の場を提供することとした。まずその手始めとして,4月には,下記に示す研修会を実施する。当該テーマの第一人者の先生を講師にお迎えてしての研修会を順次提供する。いずれもオンラインのセミナーであるので,どこからでも参加できる。ぜひ,多くの方に気楽に参加し,ご自身の技能向上に努めていただければ幸いである。

金沢先生と慶野先生の倫理実践の研修会の第1部は現在受付中となっている。それに加えて,前号で定員に達したとお伝えした第2部のワークショップでも追加募集をすることになった。詳しくは,下記に募集要項を追加した。

平木典子先生のアサーション・トレーニングの研修と,糸井岳史先生&高岡佑壮先生の知能検査の研修の内容と申込み方法は,本マガジン次号で提供する。ご関心のある方は,ぜひスケジュールを調整し,お申込みください。

■4月11日(日)13時~16時【無料】
心理職としての日々の困り事を見直す
─倫理的視点を切り口として─

金沢吉展(明治学院大学)/慶野遥香(筑波大学)
https://bit.ly/38TA6Z3(現在受付中)◆4月18日(日)13時~17時【有料/※「iNEXT有料会員」無料】
アサーション・トレーニング:ベイシック・コース

平木典子(IPI統合的心理療法研究所)
⇒来週発行の臨床心理マガジン次号で募集案内を開始

◆4月25日(日)9時~13時【有料/※「iNEXT有料会員」割引】
アサーション・トレーニング:アドバンス・コース

平木典子(IPI統合的心理療法研究所)
⇒来週発行の臨床心理マガジン次号で募集案内を開始

◆4月25日(日)14時~17時【有料/※「iNEXT有料会員」無料】
Wechsler式知能検査の活用法
─発達障害臨床を中心に─

糸井岳史(路地裏発達支援オフィス)/高岡佑壮(東京発達・家族相談センター)
⇒来週発行の臨床心理マガジン次号で募集案内を開始
【追加募集】
『心理職の日々の困りごとを見直そう
―倫理的視点を切り口に―』


※前号でお知らせした,下記の研修会の第2部は,臨床場面での日々の困り事を倫理的観点から見直すためのワークショップとなっている。会員の皆様からの要望を受けて追加募集をすることにした。第2部ではテーマごとのグループディスカッションを行う。日頃心理支援をしていると経験しやすい問題(①秘密保持と連携,②地域やコミュニティにおける多重関係,③第三者からの支援依頼,④心理支援者にできること)から,関心のあるテーマを選んでご参加ください。
皆様が日々感じておられる思いを共有し,明日からの仕事のヒントや励みになるような場にできればと考えております。詳しくは申込フォームをご覧ください。

日時:4月11日(日)13:00~16:00 オンライン開催(参加無料)
⇒ https://bit.ly/2P4rDuS
 *第一部のみ参加を希望する場合 ⇒https://bit.ly/38TA6Z3
◆第1部(13〜15時):臨床の困り事を倫理的視点で見直す【150名】
講義『心理専門職の倫理的実践とは』    金沢吉展(明治学院大学)
 話題提供『倫理的困難に関する調査報告』  慶野遥香(筑波大学)
 指定討論『心理職の技能研修の観点から』 下山晴彦(東京大学) 
 参加者との対話(質疑応答)
◆第2部(15〜16時):テーマごとに困り事を語り合う【50名】
テーマ別グループディスカッション 「秘密保持と連携」
「地域やコミュニティにおける多重関係」
「第三者からの支援の取扱い」
「心理支援者にできる限界」
(以上,臨床心理iNEXT事務局より)

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3.心理職キャリアデザインを応援する

臨床心理iNEXTでは,心理職のキャリアデザインを応援するのにあたって次の2点を重視する。

①学部・大学院での「養成」カリキュラムを修了し,専門資格「試験」に合格し,心理職として「雇用」され,技能向上のために継続的な「研修」を受けて専門職としての発展する一連のプロセスを前提とする。

②専門職としての発展を,「養成」,「試験」,「雇用」,「研修」を実施する側ではなく,それを受ける心理職の側の経験や視点を重視する。

そこで,臨床心理マガジン16-1号と16-2号では,「養成」カリキュラムを受ける学生や公認心理師「試験」を受ける受験生の視点から「試験」「養成」を分析し,改善に向けての提案をした。それを受けて臨床心理マガジン16-3号と16-4号では「雇用」と「研修」をテーマとして,心理職のキャリアデザインの発展に向けてのヒントを得ること目的とした。

16-3号では,臨床の現場で働く4名の若手心理職にオンライン・インタビューを実施して,「司法・犯罪」「福祉」「教育」「医療」の各分野における「雇用と研修」の現状をまとめる。次の16-4号では,上記4名で座談会を行い,若手心理職からみた「雇用と研修と課題」を検討した。その上で,5月以降の研修会の企画をしていく。

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4.心理職の「雇用」と「研修」の現状

今年の3月3日(水曜)に心理職の「雇用」と「研修」の現状と課題を知るために若手の心理職のオンライン座談会を企画した。オンラインでの参加ということで,日本の様々な地域から,分野の異なる4名の若手心理職に集まっていただいた。現在,雇用されている職場の「研修」の現状を話してもらい,今後必要な研修について意見交換をした。若手として率直な意見を話していただくために匿名座談会として記事を作成した。

座談会の参加者は,下記の4名である。

[A:女性]臨床心理系修士課程を経て「司法・犯罪」分野で常勤として働く。
[B:女性]臨床心理系修士課程を経て「福祉」分野の常勤として働く。
[C:男性]臨床心理系修士課程を経て「教育分野」で,非常勤(公立学校スクールカウンセラー)として働く。
[D:女性]社会人を経て心理支援に関心をもち,臨床心理系修士課程を経て「医療」分野の心療内科クリニックで非常勤として働く。

若手心理職を対象とした理由は,ベテランの心理職は,現状に慣れてしまっており,現状維持のほうに意識が向いていると考えたからである。むしろ若手心理職だからこそ,問題に直面して現状の課題に気づいていると考えた。

そこで,若手心理職の皆さんが,どのようなことで困っているのか,現在直面している心理職としての課題は何か,そしてどのようなニーズがあるのかを話しあっていただいた。座談会の前半では,私が一人ひとりにインタビューする形で職場の「雇用」と「研修」の現状をお話しいただいた。前半の内容は,本号の記事とした。後半では,心理職としてキャリアアップやキャリアデザインを考えていく上での課題についてお話をいただいた。後半の内容は,次号の記事として示す。

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5.司法・犯罪領域での経験から

A:私は,司法・非行分野の常勤心理職として働いている。ただし,私が就いている仕事の担当者は,心理職に限定されていない。むしろ,法律系大学の出身者が多く,明確に心理職として求められていることは無い。仕事は,犯罪に関連した人の面接や処遇プログラムの実施などである。認知行動療法の要素を入れたプログラムを実施している点では心理職らしさはある。しかし,それは心理職のみが実施するプログラムというわけではない。むしろ,プログラムを実施しているのは,法律系大学出身者の人のほうが多い。

──そうなると心理職の独自性や専門性はどのように定義されているのですか。

A:明確に線引きされていない。心理職だからということで任される仕事はない。本当に一緒くた。仕事内容としては,生育歴をとり,どのようにして犯罪に至ったのかを辿ることをする。それは,心理職のほうが専門的にできるが,そこで線引きがあるわけではない。同じ仕事を他の専門出身の人がやっている。法務省系列なので,法律系大学出身の人が多い。

──そのような職場状況は,入職前からわかっていた?

A:入職前から少しはわかっていた。心理系が多いかと思っていたが,全く逆だった。現場にでてみて行政系の人がこんなに多いと初めて知った。むしろ,心理畑でない行政系出身の人たちのほうが多く処遇プログラムを実施している。

──そのような職場環境で働く中での心理職としての課題は?

A:そのような状況なので,今の職場で心理職のスキルアップができない。たとえば,私の職場では心理検査はとらない。心理検査が必要なときは,他機関に検査を依頼する。そのため,自分自身で勉強会やワークショップに参加しないとスキルアップができない。実際は,仕事が忙しく,勉強会などに参加できていない。検査を自分たちでとらないということもあり,職場では個人の経験知でやっている印象。精神障害,知的障害,発達障害がベースにあって犯罪に至る人も多い。しかし,その種の専門的知識をしっかりともっているかというとそうでない。

──裁判所系列の職種では入職してからの教育研修のシステムが充実しており,体系的に教育訓練プログラムが組まれている。

A:私の職場ではそのようなシステムはない。裁判所系列の職種では自ら検査を含めた調査をして得られた見立てを審判につなげるのがメインの仕事で,それは心理職として求められる専門性と合致していると思う。しかし,私の仕事は,それとは違う。

──組織としての若手の職員を育成プログラムや,経験者が新人に教えるシステムはないのですか?

A:それもない。決済を受ける上司が教えてくれることはある。そのような上司にあたれば学ぶことができる。しかし,何も意見を言わずに決済だけする上司であれば,職場で学ぶ機会はない。教育システムはなく,自分でやるしかない。

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6.福祉分野での経験から

B:子どもに会って心理検査をとるのが今の仕事。その子の知能,性格,行動の特性を所見としてまとめ,必要に応じて面接をしていく。経験が少なく見立てが浅いので,先輩と一緒に結果を見直して指導をしていただいている。

──使用する検査は決まっているのですか?

B:知能面が問題に関連してそうならば知能検査。WISCや田中ビネー。他に気になることがあれば,性格検査や投映法などいろいろと実施する。

──面接をして問題状況を把握した上で検査をするのですか?

B:アセスメントは1~2回で,所見を書く。丁寧にお話を聴く時間がない。検査中心のアセスメント。検査結果をどう読み込むかは難しい。生育歴や家族情報は,社会福祉士さんがとってくれていることが多い。その情報を読んで検査をする。

──初期の教育や訓練はどうなっていますか?

B:内部で研修会や事例検討会がある。外部講師を招いての研修もある。外部の研修に出してもらうこともできる。経験年数に合わせて体系的,段階的な育成システムがある。まずは検査をとってアセスメントがしっかりとできることが課題となる。次は子どもの継続的面接ができることが課題となり,次第に重篤なケースを担当するようになり,親面接や家族面接を組み込んでいく。

──心理職としてやっていく上での,ご自身の課題をどのように意識していますか?

B:見立ての弱さが,今の自分の課題。それと,学会やワークショップに行かなければと思っているが,お金や時間がかかるので面倒くさいなと思って行ってない。それが課題。

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7.教育分野の経験から

C:臨床心理系修士課程を修了し,出身大学と同じ県のスクールカウンセラー(以下SC)として週4日の非常勤で仕事をしている。とにかく学校に入ってくれと言われただけで,研修は何もなかった。SCとしてどう過ごしたらいいのか,心理職としてどうしたらよいのが何もわからなかった。心理職だけでなく,SCとしてのモデルがない。スーパービジョンはあったが,半年に1回で,しかも先輩のSCとお話をするというものだった。大学院時代のSVとは違った。自分が活動についてのフィードバックがないのが辛い。自分がしている活動がこれでよいのかわからないのが,今の自分の課題。

──それは,Cさん個人の課題というよりは,若手SCの教育研修を提供していない県や地域の教育委員会,あるいはSC団体の課題である。各都道府県でSCの教育研修体制は異なっているが,それにしてもCさんの働いている地域のSCの勤務環境はお粗末ですね。SCは一人職場であるので,SVや研修の体制が整っていないと非常に辛いことになる。心理職として働く環境が整っていないですね。

C:SVの制度は形としてはあったが,スーパーバイザーは違う学派のSCだった。自分とは異なる立場からの指導がされて逆に困ってしまった。むしろ,スーパーバイザーを受けて混乱をした。自分としては,やる気を出して仕事をしたいと思っていたが,心が折れそう。気持ちを維持できるかどうかが,今の自分の課題。

──それもCさんの課題ではない。研修体制を整えていない心理職やSC全体の課題であると思う。

C:不登校のケースがあっても,「見守りましょう」とか「医療機関に行ってもらいましょう」という先輩SCが多い。自分としては,その子をアセスメントして,支援のためにできることをいろいろと考えて説明をして,少しずつ問題を改善していく努力をしたい。しかし,多くのSCは,そのような努力をしようとしない。ベテランの心理職の方はそのような傾向が強い。

──専門性をもつSCを育成しようとするシステムがないですね。

C:特に心理職としての専門性がなくてもSCのフリができて,だれもチェックできない状況がある。

──それでは,若手心理職としては向上心が保てないですね。心が折れるのも仕方がない。

C:時々大学院時代の同期に電話をして助けてもらっている。

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8.医療分野の経験から

D:自分は,心理学以外の大学を卒業し,社会人経験で心理支援に関心をもち,臨床心理系大学院修士課程に入学し,修了した。

──複数のクリニックで非常勤を掛け持ちして働いてきたということですが,その経験から見えてきたことはどのようなことでしょうか?

D:クリニックによっても,心理支援の内容が異なっている。というのは,そのクリニックがどのように心理支援を考えるのかによって,心理職の役割や仕事の内容が変わってしまっている。心理職の専門性は,勤務するクリニックの判断で異なってしまってよいのかと思う。心理職の専門技能の育成という以前に,そもそも心理職の専門性とは何かが決まっていないことが問題と感じている。

──まだ公認心理師などの資格をもっていない段階ですので,どのような教育を受けたのでしょうか?

D:勤務しているクリニックでは同僚として複数の心理職が働いている。同じクリニックでも,それぞれの心理職で実践している療法が異なっていることは当然なのだが,同じクリニックで働いている心理職でも学派間の異同から連携が難しいときがある。そのような状況なので,先輩が後輩を教えることができる体制になっていなかった。

──教育分野のSCでは一人職場であることがほとんどであり,研修システムによるサポートがないと心理職のキャリアップを目指すことが難しいということがあった。しかし,医療分野では,複数の心理職が働いていても,それぞれの心理職の学派によって専門性も定まっておらず,共通した目標をもって研修システムを形成するのが難しいという現実もある。しかも,医療分野では,勤務先のクリニックの判断によって心理職の働き方が異なっており,そもそも心理職の仕事自体が定まっていない場合もある。

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9.終わりに

──今日は,いろいろな職場で働く若手心理職の意見を聞かせていただけて,とても勉強になった。公認心理師という国家資格が誕生し,心理職が専門職として発展できたかのように思うこともできる。しかし,今日語られた現場の実態は,専門職としての発展とは程遠い状況だった。少なくともいずれの職場でも,心理職が独自な専門性に基づく教育体制が整っていないだけでなく,心理職として勤務した後も,その専門性を発揮して働く体制にはなっていなかった。

医療分野や教育分野では非常勤が多く,そもそも雇用が非常に不安定である。司法・犯罪分野や福祉分野では常勤として雇用は安定しているが,心理職の専門性を前提とした仕事の体制にはなっていない。このようなことが起きる要因として,心理職自身を含めて心理職の専門性を明確に規定できていないことが大きな課題であることが見えてきた。

記事デザインは,原田優(東京大学特任研究員)によります。

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