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32-3.児童相談所が日本を救う!

(特集:何とかしよう!子どもの虐待と児童相談所)

下山晴彦(臨床心理iNEXT代表/跡見学園女子大学教授・東京大学名誉教授)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.32-3

<現在案内中の研修会>

「注目新刊書」著者オンライン研修会
虐待を受けた子どもの心模様と生活場面への支援
−児童心理治療施設での心理支援の最前線から−


■日程 11月5日(土曜) 9時〜12時
■講師 髙田治 川崎こども心理ケアセンターかなで 職員育成支援部長

  
【新刊書】
施設心理士から伝えたいこと
ー児童心理治療施設などで働くケアワーカーへ向けてー
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784866860282
 
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=WsBBHS40Q6M
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円):https://select-type.com/ev/?ev=TWLL3Wcbe-Q
[オンデマンド視聴のみ](3000円):https://select-type.com/ev/?ev=Wu1A8TSulJM

(臨床心理マガジン31-2で髙田先生の研修会を10月29日と誤記しておりました。訂正してお詫びいたします。)

(髙田治先生)

「代替行動アプローチの臨床実践ガイド」

■日程 10月29日(土曜) 9時〜12時
■講師 田中恒彦 新潟大学 准教授
 
【変更のお知らせ】当初、横光健吾先生(人間環境大学 講師)と田中恒彦先生のお二人の先生に講師をお願いしておりました。しかし、横光先生は急なご事情により降板されることになり、田中恒彦先生に単独で講師を務めていただくことになりました。
 
【新刊書】『代替行動の臨床実践ガイド』(北大路書房)
https://www.kitaohji.com/book/b606156.html
 
【申込み】
[オンデマンド視聴のみ](3000円):https://select-type.com/ev/?ev=8iLZkRCQRSA

(田中恒彦先生)

1.児童相談所の問題状況を深掘りする

本号では、前号に引き続き、シンポジウム「虐待と向き合う児童相談所の新たな役割と可能性」の報告をします。前号では、企画趣旨と第1部「児童相談所の発展に向けて」の内容を報告しました。本号では、第2部「現状と課題」、そして第3部「課題解決に向けて」の発表内容の要約をお伝えします。
 
第2部では「なぜ児童相談所が深刻な困難状況に陥ったのか」を分析し、問題の改善に向けての課題を提示します。第3部では「課題の解決に向けて、今何が必要か」を提案します。児童相談所が直面している問題状況を深掘りし、新たな発展に向けてのアイデアを提示します。
 
本号の記事は、臨床心理iNEXT研究員の田嶋志保と下山が原稿を作成し、各講演者に確認、修正をお願いして最終稿としました。なお、シンポジウムの様子は、動画記録として下記サイトで公開されていますので、ご覧いただけます。

【シンポジウム動画記録の公開サイト】
https://www.p.u-tokyo.ac.jp/cbfe/information/220828event/

虐待と向き合う児童相談所の新たな役割と可能性
―地域における安心の子育て支援の基盤整備に向けて―
 
企画趣旨説明:下山晴彦(跡見学園女子大学/東京大学)

第1部 児童相談所の発展に向けて
1.地域における児童相談所の役割
 古川康司/田中淳一(中野区児童相談所)
2.社会的養護から見た児童相談所への期待
 髙田治(川崎こども心理ケアセンターかなで)
第2部 現状と課題
3.児童相談所の現状と実務の課題
 山本恒雄(愛育研究所)
4.データから見る児童福祉政策の課題
 和田一郎(獨協大学)
第3部 課題解決に向けて
5.児童虐待対応におけるDXとデータ利活用
 髙岡昂太(株式会社AiCAN)
6.臨床心理学からの統合的児童相談モデルの提案
 下山晴彦/福島里美(跡見学園女子大学)


2.児童相談所の現状と実務の課題(1)

児童相談所には、下記の①と②の2つの異なるアプローチがある。そのことで児童相談所の専門性が混乱している。

①   「家族維持・養育支援の支援型ケースワーク」
養育者・親権者からの相談依頼を起点とした、従来からの児童福祉行政サービス。受容や傾聴などが基本。

②   「虐待防止法による児童保護のための介入型ソーシャルワーク」
社会一般からの通告を起点とした、子どもの安全確保と養育破綻を防ぐための法的権限や責任に基づく対応が基本。

海外では②を導入する際、専門機関の創設などの対応をとってきた。しかし、日本は①の領域を拡張することで②に対応しようとした。その結果、従来の①とは全く相容れない対応が求められるようになり、児童家庭福祉専門職のアイデンティティに危機的状況を発生させ、多くの現場が混乱した。(山本恒雄)


3.児童相談所の現状と実務の課題(2)

児童相談所の活動が混乱している要因のひとつとして、警察からの面前暴力通告が急増していることがある。ここ数年、
全国の児童相談所が受理する様々な相談のうち、年間約20万件(令和2年度・3年度)の児童虐待の相談件数中、約10万件が警察からの通告であり、そのうち約7万件が面前暴力通告となっている。面前暴力通告は、一般的な虐待通告のような、子どもの具体的な安全問題の指摘が無く、漠然とした「おそれ」の通告となっており、対応の焦点化・具体化が難しい。このような事態にどのように対応するのかも児童相談所の課題となっている。
 
職員の専門性の育成・教育をどうするかも課題となっている。海外では大学院修士課程での臨床ソーシャルワーカー(Clinical Social Worker)の資格・トレーニングをもとに配置されている。しかし、日本の児童相談所の人材育成においては、大学教育から始まるソーシャルワークの専門性が確立してこなかった。
 
児童心理司の育成・教育においては、臨床心理学の専門性だけでは十分ではない。児童相談所での児童心理司の活動には、ソーシャルワークの文脈での臨床的活動が必要である。また、対応領域が幅広く、広域的な連携や専門性の分担が必要となる。
 
データの利活用も課題となっている。情報のデータ化と解析については、まず通告受理からの初期の調査作業手順の確立が課題である。現状は子どもの安全評価について、バイアスやゆらぎを除外できていない。客観的なデータに基づいた安全評価が求められる。(山本恒雄)


4.データから見る児童福祉政策の課題(1)

行政のデータをそのまま使うことは適切ではない。きちんと現場の実態を見ていくことが大切となる。通告数を故意に減らしている自治体もあるので信頼できない。確実なデータとしては、例えば児童心理治療施設の施設数がある。東京都の施設数はゼロであり、これは確実なデータである。
 
国のプランでは、児童福祉司を令和4年度までに5260人に増やすとしている。しかし、学術論文などから考えると明らかに足りない。国のデータにはエビデンスがない。では、担当者不足などの課題にどう対応すれば良いか。
 
これについては、行政DXやAIの活用が必要となっている。人が足りない、経験も足りない、忙しいなどの現状は、電話AI化、自治体内情報共有などで、職場の定着率向上をしていくほか、判断・意思決定のサポートも期待できる。(和田一郎)


5.データから見る児童福祉政策の課題(2)

児童相談所のDX事例の1つ目として、南丹市のkintone(キントーン)活用がある。子育て支援課と、他部署・機関への情報共有を、電話などからクラウドに変更したことで、情報共有が1対1ではなく、1対複数になった。その結果、500文字以上書き込まれている記録の割合は、2.5倍に増加した。このような記録文量が増加したことで、データサイエンスに活用できる。
 
2つ目の事例として、江戸川区のAI電話記録化システムがある。今までは電話記録を休日出勤でケース記録に記載していた。それをAI電話記録化システムとしたことでリアルタイムに記載できるようになった。
 
そのようなAI電話記録化システムを活用したスーパービジョンも実施可能となる。それによって記録も書かなくて良いというメリットも生じる。要約の音声分析も可能となる。その結果、職員の対応時間が削減した。(和田一郎)


6.児童虐待対応におけるDXとデータ利活⽤(1)

DXとは、単にICTを導入することではない。ICTを利用して、業務改善や新たな価値の創造を目指すものである。
 
児童相談所にデータを現場で利活用した経験があるかについてアンケートを実施した結果、業務データを支援や介入に利活用できている相談所は全国で10%未満であった。データの利活用をしたことがない相談所の場合、DXにより業務改善につながるイメージがもたれづらいことも明らかになった。
 
各児童相談所の地域差の考慮も大切であり、人員配置や社会資源なども含めて地産地消のデータが必要となる。また、データの信頼性や倫理の観点から、分析の素材となるデータのクオリティは非常に重要である。データ利活用は、「魔法の杖」ではない。最終的な判断は人が行い、データはそれを補助・参照する役割となる。(髙岡昂太)


7.児童虐待対応におけるDXとデータ利活⽤(2)

データからみる児童相談所の課題は、以下の2点である。

■判断自体が難しい事例にどのように対応するか。
例えば、親が嘘をつく、子どもが幼く話せない、脅されて話せないといった場合である。このような事例は調査ができないので、判断の質の向上が必要となる。
■対応件数の増加に、児童福祉司など対応者の人数が追いついていない。
これについては、業務の効率化が不可欠である。

これらの課題解決に向けてAiCAN※)が児童相談対応のICT及びデータ利活用サービスを提供している。
※)https://www.aican-inc.com

児童相談所において、子どもの安全に関するリスクに対応するには、①アセスメント(情報収集・評価)と②マネジメント(判断・調整・対応)が必要となる。ここでは、以下の3つが対応のポイントとなる。

■①と②両方をデータに残すこと。
■②の結果から「保護しなかった事例」を、①の結果「保護が必要なレベルではない事例」と判断しないこと。
■初動段階では、①を先にやるのであり、②からやらないこと。

(髙岡昂太)


8.臨床⼼理学からの統合的児童相談モデルの提案(1)

多くの児童相談所は適切に機能していないとされている。しかし、本シンポジウムで発表された中野区の取り組みなど、最近は変化もみられる。そのような変化を加速するために臨床心理学の専門性を活用してほしい。
 
児童相談所と大学の臨床心理学科との接点を増やして連携・協働活動をしていくことは、児童相談所の課題解決につながる。例えば、大学教育の一環として臨床心理学の学生が児童相談所で実習やインターンをするといった協働関係を形成することもできる。
 
そのような接点をきっかけとして児童相談所は、学生をリクルートすることも可能である。下記の図に示すように大学の臨床心理学科と児童相談所が協力して心理教育の専門性を継続的に養い、双方にとってメリットがある仕組みづくりを創ることができる。(下山晴彦)


9.臨床⼼理学からの統合的児童相談モデルの提案(2)

大学の臨床心理学科と児童相談所が協働していくためには、臨床心理学の側も、児童相談所の活動に即して専門性のモデルを改善し、発展させていく必要がある。これまでの日本の臨床心理学は、医学の治療モデルやカウンセリングモデルが主流であった。そのようなモデルには限界があり、社会や地域の中での心理サービスを提供するコミュニティモデルを中心にしていく必要がある。
 
近年、臨床心理学は、障害や問題の“管理”モデルから生活や発達の“支援”をするコミュニティモデルに移行している。また、効果研究に基づくエビデンスベイスト・アプローチを採用し、データの利活用は進んでいる。このように現代臨床心理学の発展は、児童相談所の課題解決に貢献できる心理職の育成が進んでいることもある。児童相談所の側でも、臨床心理学の専門性や、それを学んだ学生や心理職の採用をぜひ積極的に考慮してほしい。
 
多くの児童相談所では、未だに心理職は検査者としての役割が中心となっている。しかし、実際には、心理職は、児童相談所の課題解決のために必要な発達心理学やコミュニティ心理学、データの利活用が可能なエビデンスアプローチの研究能力を有している。行政は閉鎖的にならずに、データの利活用だけでなく、心理職の専門性を積極的に活用していただきたい。(下山晴彦)


10.臨床⼼理学からの統合的児童相談モデルの提案(3)

児童相談所は頑張っていないわけではないが、疲弊している。現場における調査の結果、現場の実態が欧米に比べて遅れていると指摘されたこともあり、「支援者は精一杯やっているのに頑張っていないと否定されたように感じた」ということも生じている。
 
そこで、現場の中でうまく機能しているところにスポットライトをあてる仕組みも必要。すなわち、コミュニティリサーチの視点である。コミュニティリサーチでは、解決策を知っているのは、コミュニティの当事者であるという考えに基づき、当事者の知見を活用する。
 
例えば、里親委託率の高いA市で行った研究では、経験豊富な支援者から、子どもを育てるコツを教えていただくということがあった。そうして得られた知見は、他の支援者にも受け入れられるものだった。その他、支援者を対象にした養育スキルトレーニングの開発なども実施し、効果が得られた。
 
大学も臨床心理学科と児童相談所が連携し、学生が児童相談所の職員から具体的な情報提供を得ることで、児童福祉を敬遠する態度が減ったということもあった。大学と児童相談所が研究や実践において連携・協働することには、双方にとってメリットがあると思われる。(福島里美)


11.児童相談所が日本を救う!

児童相談所には子どもたちを輝く未来へつなぐ使命がある。だからガンバレ!

■記事制作 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)

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臨床心理マガジン iNEXT 第32号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.32


◇編集長・発行人:下山晴彦

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