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心配される自分

他人に心配されると、
嫌な気分になる。そんな自分がいる。

自分が否定されているように感じ、
怒りのような感覚が込み上げてくる。

自分は自分なりに頑張っているのに。
これ以上いったい何をやれば良いのか?
教えてくれって感じになるんだ。

だから、ただ心配する人の、
そんな言葉を素直に聞くことができない。
そんな自分なんだ。

であるのに、他人の心配はあれこれ、
進んでやってしまう。
あーでもないこーでもない。
余計なお世話をやってしまう。
そんな自分なんだ。

心配されることは嫌なくせに、
心配することは好きなんて、
矛盾している。
そんな自分がいるんだ。

つまるところ、馬鹿にしているんだ。
なめているんだ。
誰かを心配するってことは、
その人を信頼していない。
その人がやれると思っていない。
そういう自分を意味しているんだ。

家族の中に、心配なヤツがいるってことは、
本来、その人に失礼なことなんだ。

なぜにそんな礼儀知らずの態度を
とるかといえば、
結局は自分に対する
無礼な態度にはじまるんだ。

自分が自分を心配している。
自分が自分に信頼を置いていない。
自分が自分を不安に思っている。

そいつが、他人に心配される自分を、
他人を心配する自分を作っている。
つまりはそういうことなんだ。

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札幌にて15年間中学校教師として勤務。青年海外協力隊参加を機に退職、ウガンダ共和国にて2年間、青少年に野球指導を行う。指導したウガンダ高校生は、2008年に札幌ドームでの親善試合に招聘された。著書に「日本人という生き方」が ある。㈱インディヴィジュアル 代表取締役
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