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親孝行と親不幸

親不幸とは、親を大切にしないで、
心配や迷惑をかけること。
また、そのさまや、その人をいう。

親を大切に思っていないわけじゃない。
むしろ、親に喜んでほしい、
安心してほしい。そういう思いが強い。
そんなふうに思うんだ。

でも、やることなすこと、
親に心配や迷惑をかけている。
親の安心にはほど遠いことばかり。

ひとつ安心させても、また
問題が生じるんだ。
いい加減にしてほしい。
そんなふうに言われたりもする。

そんな自分をとっても恥じていた。
愚かで情けないヤツだって、
ずっと思っていた。
そんな感じなんだ。

でも、そんなんじゃなかった。
親孝行の意味を取り違えていただけ。
つまりはそういうことなんだ。

親孝行とは、親を大切にし、
真心をもってよく尽くすこと。
また、そのさまや、その人をいう。

親をいつも喜ばせたり、
安心させるなんて、
そんな意味はひとつも入っていない。
当たり前なんだ。

なぜならば、いつも親を安心させ、
喜ばせることは、子の役割じゃない。
子どものできる範疇を越えている。
それをやろうと躍起になっていた。
それだけのことなんだ。

親自身が自分を修めるんだ。
身の回りに何が起ころうと、
心が動かない。
そんな泰然自若の境地に
たどり着くかどうか。
それは、親自身の
心構えにかかっている。

子どもが、どう生きているかなんて
関係ない。子どものことで、
自分の心が不安定になり、
揺れ動くこと。
こいつは、親自身の問題だってこと。
ただそれだけのことなんだ。

親であれ、子であれ、
できることは、自分を修めること。
この一点に尽きる。

自分が修まってくると、
自然と親も修まってくる。
子も修まってくる。

子が親孝行、親不幸の意味を
とり違えると、たいへんなことになる。
気づいたら、親の顔色をいつも見て、
気づいたら、親の満足する人生を
生きてしまう。

やっぱり自分の人生を生きるんだ。
途中、親不幸に見える時も
あるかもしれない。

そんな時は、黙って
自分の道を進み、自分を修めるんだ。
それが最大の親孝行。
あとになってわかる。
そんなもんなんだ。

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