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ゴッホの内なる変容を追体験!ゴッホ展 at 兵庫県立美術館/絵夢の日々想うコト|アート編

去年(2019年)の10月、南仏・アルルの光と画家・野澤好夫さんに出逢ったことから、訪れることに決めた《2019〜2020年ゴッホ展》。

これが、初めての生ゴッホ体験になります。

【関連記事】:「ゴッホ展@兵庫へ私を向かわせた、アルルでの出逢い

「やっと、あの有名なゴッホと対面する時が来たのか…」と客観的に受けとめながら、「きっと何か起こる。素晴らしいメッセージを受け取るに違いない!」と、経験値から来る強い直感的確信があった。

芸術作品との出逢いは、いつも運命的

「縁の深い芸術作品は、準備が整った時に、完璧なタイミングで現れる」

昔からこう思っている私は、芸術を鑑賞する際、メジャーだろうが、マイナーだろうが、年代が古かろうが、新しかろうが気にしない。

「その時の私にとって、どうか?」

それだけ。

人は、その時々で、生きている環境・状況をそれぞれ抱えている。また、持ち合わせている感性や経験値もその時その時で異なる。人は、瞬間瞬間で変わるものなのだ。

作品がいくら素晴らしかったとしても、人それぞれ、その時置かれている環境・状況によって受け取るものが異なる。
作品と受信アンテナの周波数がうまく噛み合わず、キャッチできない情報もあるだろう。また、今まで気にも留めてなかったものが、突然強烈な姿で目の前に立ち上がってくる場合もあるだろう。

芸術との出逢いは、なんと運命的なのか。

さらに加えさせてもらうと、芸術作品は、私にとって「目に見えない存在からのメッセージ」。下手な占い師より、ピュアで実践的な、生きるためのヒントを与えてくれる。

ゴッホの内なる変容を目の当たりにできる

もうそろそろ展覧会のことを語っていきましょうか。

絵画は世界各国に散らばっているため、1つの会場で多くの作品を体感することはなかなか難しい…。しかし、今回のゴッホ展は、かなりその辺に注力したと聞いた。

作品数、また、どれだけの協力を得て開催されるに至ったのか?に関して詳しく書かれているサイトはこちら。


故郷オランダからパリ・アルル・そしてサンレミの修道院病院と、移動を重ねるごとに変化していく作品たち。

この変化の過程は、多くの方が体験した方がいい。そう思った。

作品の変化というよりも、画家・ゴッホの内なる変容(transformation)と言うべきだろう。

今回の展覧会で個人的に印象的だった作品を1点ずつ挙げながら、オランダ期→パリ期→アルル期→サンレミの修道院病院期までの推移やエピソードを簡単にまとめてみた。

オランダ期

労働者、そしてその日常生活・風景を観察し続け、ありのままに感じ続け、そこに存る陰陽を全て受けとめた上で、画として昇華することに全エネルギーを注いだオランダ期。

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籠を持つ種まく人
【引用:ケペル先生のブログ】

このままアニメーションになってしまいそうなコミカルさ・
不思議な愛らしさを感じた。

宣教師の夢が叶わなかったことをきっかけに、本気で画家の道を歩み始めるゴッホ。この頃は、画家・ミレーの作品に魅了され、たくさん模写していたことがわかっています。
展示されていたデッサンや水彩画は、私の目にはコミカルにデフォルメされたものに映り、可愛らしくさえ見えました。題材も色彩も暗いのにも関わらずです。不思議と農民生活の苦悩のようなものは感じなかったんですね。
ゴッホの抱える、労働者や野良仕事に対する愛や尊敬の念が画に織り込まれているからではと想像しました。
悲観主義と言われるミレーの原画と1度比較してみたいものです。


パリ期

既存の画壇・美術界に反旗をひるがえした印象派の画家たちやジャポニズム・浮世絵から多大な影響を受けた、19世紀後半パリ期。

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アニエールのヴォワイエ・ダルジャンソン公園の入口
【引用:ゴッホを変えた2つの出会い ゴッホ展、東京で11日開幕|産経新聞】

原画はもっとピンクが強い。このピンクに目を奪われた。
どういう視覚・思考からピンクを手に取ったのか?想像してみた。

「ゴッホの才能が花開き始めたのは、この頃だったんだな」とすぐにわかりました。4分咲きといったところでしょうか。
人民が自由と人権と求め、さまざまな分野において活気のあったヨーロッパ・19世紀後半のパリ。歴史的観点においても、この頃のパリにいられたのは貴重なことだったと想像します。(私もこの頃のパリに身を投じてみたい!)
パリ期の画からは、「ブチ上がっちゃってるゴッホ」のイメージが浮かんできました。ゴッホの目には、全てが新鮮、かつ輝いて映っていたに違いありません。オランダでの地味な独学生活とは打って変わって、刺激的な印象派の画家仲間と出逢い、生き生きと語り、感性をぶつけ合い、時には喧嘩をし、好奇心のままに思考を巡らし、描画実験を繰り返す毎日を送っていたように思います。
滞在期間はそれほど長くなかったようですが、短期間でスポンジのように多くのことを吸収したに違いありません。


アルル期

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サント=マリー=ド=ラ=メールの風景
アルル期の作品は、浮世絵の影響をよく感じることができた。
タッチは闊達、色彩は麗しげ。色の組み合わせがとにかく気持ち良い。

浮世絵との運命的な出逢いから、日本に妄想的恋をしたゴッホ。南仏・アルルに、浮世絵に描かれている世界(光)が在ったとし、移住を決めます。
おそらくゴッホは、アルルで光(=色彩)の本質を捉えられらるようになったのではないかと思いました。7分咲き。
アルルにアート・コミュニティを作るという大きな希望を抱き始めるゴッホですが、画友・ゴーギャンと意見が食い違い、大喧嘩。感情の嵐と絶望に打ちひしがれ、自ら耳を削ぎ落としてしまいます。奇人扱いされ、住民投票によりアルルを追い出されるゴッホ。
最終的に精神病棟に追い込まれてしまいますが、この時の作品からも悲壮感や絶望感などのネガティブなエネルギーは一切感じず。むしろ、作品はどんどん良くなっていくのでした。


サンレミ修道院病院期

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「糸杉」
今回の展覧会のハイライトとも言える作品の1つ。
描写・色彩・筆タッチ、発しているエネルギーなど全てから確信と自信が溢れ、
堂々としている。感動的。
とにかくずっと眺めていたい衝動に駆られた。

この画を見てすぐ、画家として成熟期を迎えていたんだなとピンと来ました。「完全に仕上がった状態」であることがわかります。
本格的に精神病を患い、自らサンレミの病院に入ることを望んだゴッホ。
ゴッホの人生苦エピソードによる先入観や絵筆によるうねりから、一種の不気味さを感じる人もいるといいますが、私はそういった類のものは微塵も感じませんでした。決して良いとは言えない心身的状態で描かれた、この作品からも、常人が計り知ることのできない、純粋で深遠で暴走的な絵画への探究心がほとばしっているのです。
この「糸杉」が完成したのは1889年6月。ゴッホが死ぬ約1年前の作品になります。画家人生をスタートさせた27歳から10年という短い期間の中で、唯一無二の画家として見事に仕上がっている姿に感動・歓喜。これは単なる偶然ではなく、全てが生まれた時に決まっていた、画家としての彼の寿命を全うしたとしか思えませんでした。


これらが、今回のゴッホ展で「私が感じたこと」。その内の一部です。

私がゴッホから受け取ったメッセージ・生きるためのヒントは何だったのでしょう?

そして、あなたは、この展覧会から何を感じるでしょうか?

ゴッホ作品の推移を軸として、印象派前後の他の画家たちの作品も味わうことができます。また、弟テオに宛てたゴッホの手紙(1センテンス程度抜粋したもの)が作品の合間合間に添えられていました。これが、想像力や共感を増幅させる何とも良い効果を産んでいたので、ぜひそこにも注目してみてください。

まだ間に合います(3月29日まで)!生ゴッホを体感しに行ってみてくださいね♪

【追記】現在コロナウィルスの影響により、15日まで臨時休館中となってしまったようです( ;  ; )。16日以降の日程につきましては、兵庫県立美術館公式HPでご確認ください。











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