第12回

第12回 普通すぎて驚かれる

 よく初めて会った人から、想像してた人物像と違うと言われる。作品からイメージする私は、もっと過激で、服が派手だったり、髪がピンクだったり、羽を背負ってたりする不思議系か、あるいはメデゥーサみたいな怖い女を想像するのだそうな。自分ではよくわからないけど、あまりにも頻繁に言われるので、きっと作品からはそう見えるのだろう。でも実際の私はかなり無難な人間だ。街を歩いていてやたらと人に道を聞かれるのも、見るからに安心できる「普通の人」だからだと思う。まれに、鋭い人からは、「まあ、こういう人じゃないと女の子も心を開かないよね」と言われたりするが、その通りだと思う。相手に緊張感を与えていたら、インタビューなどできない。

 昔、とある作家さんと若手写真家5人で本を作ったとき、作家さんと写真家による対談がそれぞれ行われたのだが、全員の様子を見ていた編集者の感想が面白かった。写真家5人の中で、私1人だけが「普通の人」で驚いたというのだ。ほかの写真家は、みんな熱いものを持っていて、命を削るように制作に向かい、涙を流しながら話す人も少なくなかったという。ところが私一人だけ、どこにも切迫感がなく、ひょうひょうとしているという。「こんなに構えない人は初めて見た」とまで言われた。

 私のようなタイプは表現者には珍しいらしい。確かにアートをやる人間には、癖のある人が多い。そもそも欠落感や空虚感を抱えているからこそ表現に向かうのだろうし、普通ではない部分を持っているというのは、ものを作る人間として当たり前のことだと思う。それは私も同じはずだけど、ほかの人はもっと主張の強さが全面に出ているということなのか。

 以前、文芸の編集者と仕事をしたときにも言われたことがある。曰く、「作家はみんなキチガイだよ。インベさんは普通の人で安心する」のだそうだ。もっともそれは、深夜に呼び出したりしないとか、意味不明なことを言わない、というレベルだったりするので、小説家はよほど狂人が多いのだろう。いや、偏見かもしれないが。

 つまり何が言いたいかというと、私は擬態について書いているけれど、実際はかなりフラットな人間であるということだ。
 なぜそうなのか、ということにも実は理由がある。子ども時代の私は、周囲に合わせてそれっぽく擬態していたとは以前にも書いたが、それが板につきすぎてしまった私は、このままでは健全に生きていくことは不可能だと思い至り、健康な精神を目指して人格改造計画を行ったのだ。ま、そんな大げさなものではないけれど。

 あれはたぶん10代後半ぐらいの頃、私は「大人の定義」というものを作って、それを目指すことに決めた。大人というものは、子どもの前であれ老人の前であれ、友達の前であれ、先生の前であれ、誰の前であっても一貫した自己であること。相手によって自己が変わるのであれば、たとえ老人であっても子どもであると決めた。
 なぜそう決めたのかはよく覚えていないけれど、たぶんアダルトチルドレンの逆を行ったのだと思う。アダルトチルドレンは、病名ではなく心の状態を指すもので、傾向の一つに、自分を蔑ろにしてまで、相手の期待に合わせようとする、というものがある。そういうことを本で読んで、他者優先的に生きるのは止めようと考えたのだと思う。

 もちろん目指すところを決めたところで、そうスムーズに変化できるものではない。そこで私は、他人には全部見透かされていると思え、と自分に言い聞かせた。どんな相手でも、初対面で会ったその瞬間、自分のコンプレックスも、頭の悪さも、育った環境も、親の顔も全部見られている、人間にはそれくらいの洞察力がある、と思うことにした。そうすると、人前で恰好つけたり頭のいいふりをすることが恥ずかしくなる。その場に相応しい自分を演じて、それっぽく振舞ったところで滑稽でしかない。
  
 そうして、よそ向きに作っている自分がどんどん削ぎ落とされていくと、そのまんまの「私」が現れる。警察官の前でも、赤ん坊の前でも、同じ「私」。

 たったそれだけのことに、これだけの努力がいるなんて! と我ながら思うけど、「ありのまま」とか「本当の自分」という言葉が、かれこれ何十年とメディアで取り沙汰されているのだから、それを渇望する人は世の中に大勢いるのだろう。擬態せずに育つことは、それくらい難しい環境なのだとも思う。

 ちなみにそのまんまの「私」は、エネルギー量が人より少ないので、日常生活では無駄に力を使わない。だいたいボーっとしているし、意味なく喋らないし、自己主張は少ない。だいたい同じ服を着ているし、髪も黒いし、化粧もほとんどしない。それが「普通の人」という印象を与えるのだと思う。何事も全力で生きているような人を見ると、心臓の大きさが違うのかなと思ったりする。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

サポートありがとうございます!

ありがとうございます!
49
1980年、東京都生まれ。写真家、ノンフィクションライター。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間①②③』、著書に『ノーモア立川明日香』(共著)、『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?』など。@kaworikawori
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。