第8回

第8回 人間であることを疑う

 Xちゃんは私の写真展によく来てくれる女の子だ。知り合ったときは大学生だったけど、今は社会人になって数年が経つ。梅雨の雨の中、艶々のロングヘアを後ろで束ね、花柄のワンピースを着て待ち合わせ場所に現れた。Xちゃんはいつも目がキラキラしていて、全体的にふんわりフェミニンな雰囲気をしている。そして前々から“人間であることの違和感”を語っていた。今日はそのことについてじっくり聞こうと思っていた。
 新宿の喫茶店でオムライスを食べながら、ちょっと前に起きた熊の列車事故についての話題から始まった。

「あ、この記事ですね」

 Xちゃんは、携帯の画面にニュース記事を出すと、私に差し出した。
 以下は、その記事の全文だ。

 13日午後10時20分ごろ、福島県喜多方市山都町のJR磐越西線山都―喜多方間を走行していた新潟発会津若松行きの普通列車(5両編成)が、体長約1.1メートルの熊と衝突した。列車に損傷はなく、14日午前0時47分に運転を再開。乗員2人と乗客3人にけがはなかった。熊は死んだ。
(毎日新聞2019年6月14日)

 Xちゃんは携帯をしまうと、自分の思いを話し始めた。

「このニュースって人間がほしい情報しか書いてないですよね。乗客にけが人はいなくて、列車に損傷はなくて、熊は死んだ。私は轢かれた熊がどうなって、どう処分されたのかを知りたい。熊が死んだことのほうが悲しい。自分を人間だと思って生きてる人は、これを読んでどう思うんだろう? 『5両編成』『乗客3人』、経済学の人が見たら地方鉄道の経営難について考えたりするのかな? 私は熊目線で考えた。ニュースは人間しか読めないものだから仕方ないけど、ここには人間様の知りたい情報しか書いてないじゃないか! って思った」

 そしてこう付け加えるのだった。

「自分が人間であることを疑ったことがない人よりは、私はいろいろ考えてると思う」

 つまりXちゃんは、自分のことを人間だと思えないでいるのだ。けれど私には、そのことが簡単には理解できない。

「たまに帰り道とかに、なんで二足歩行してるんだろう? って思う。二足歩行って大変じゃないですか?」

 確かに四つ足よりもバランスは悪い。でもそこに私は疑問を感じたことはなかった。Xちゃんは自分のことを何の動物だと思ってるのだろう?

「うーん、そう信じてるという意味では、『100万回生きたねこ』の、何万何千回目を生きてると思ってる。そうだといいなぁって」

 『100万回生きたねこ』とは、一匹の猫の輪廻転生を描いた絵本だ。主人公の猫はあらゆる飼い主のもとで死んでいくが、どの飼い主のことも好きではなかった。あるとき野良猫として生まれ変わったとき、一匹の猫へ恋をし、愛を知った。そして二度と生まれ変わることはなかったというお話だ。

 Xちゃんは、その猫の人生を送っているようだと言うのである。

「とにかく人間でいるのが信じられないから、何か違うものだと思わないと辛いんですよ」

 Xちゃんは特に思いつめた風でもなく、当たり前のように淡々と話している。そういえば前に会ったときは、猫が嫌いだと言っていたような。

「猫が嫌いなんじゃなくて、人間に飼われてることがかわいそうだから興味がないんです。ペットが欲しいとも思わない。でも猫は、眺める分には可愛いし憧れではあります」

 ときおりオムライスを食べる手を止めながら、Xちゃんは自分の気持ちを表現する言葉を探していた。

「今も納得してないですね。自分が人間であることを。人間よりも動物とか自然とか地球のほうが偉大だと思う。インベさんが、『人が好き』って言えるのが不思議。言い切れるのって凄いなぁって思う」

 私は写真家としてインタビューされるとき、よく「人に興味があって撮っている」という言い方をしている。好奇心や観察対象という意味では、少し距離を置いた視点ではあるけれど、それも一つの「好き」なのだろう。私は少し考えてから、こう答えた。

── もっとも深い海の底は、まだ宇宙よりも知られていないって聞いたことがあるけど、人間の心も同じだと思う。人間がどういうものかって誰も知らないし、どこまでいってもわからない。だから飽きないし、知りたいっていうのがある

 Xちゃんは、ふーんという顔をして言った。

「人間って何でもわかろうとしますよね」

 私は境界線を引かれたような気がしてハッとした。Xちゃんは今、明らかに人間ではない側の視点で言っている。それはいつからなんだろう? 生まれたときからなのだろうか。

「わからない。子供の頃は思考がそこまで発達していなかったと思う。でも、生きるのがしんどいってずっと思ってました。『きっと人間じゃない何かだから辛いんだ』って思うようになったのは、22歳とかかなぁ。そう思うようになってやっと諦めがついたというか、いや諦めはついてないけど、逃げ道ができたというか。生き辛さって社会的なものだから。でも外のせいにはしたくないんです。社会とか家族とか。だから『人間じゃない』って思うと凄くラク。違う生物だから辛いのは当たり前だよねーって思える」

 そんな話を聞くとまるで奇人変人のようだが、Xちゃんは、今もきちんと会社勤めをしている。その間は人間らしく擬態しているというのだろうか。

「スイッチを入れてます。仕事中の私っていうスイッチ。『擬態』はみんなしてるんじゃないかな。そんな珍しいことじゃないと思う。社会生活をしていく上で、何かしら擬態する必要があって、それが辛い人と、そんなに辛くない人がいて、私は極端に辛いんだろうなって思ってる。でも自分が凄くヘンだとは思わないですよ。『こんなに擬態してるのは私だけ』なんて思わないですよ」

 ではXちゃんは、どんなことに生き辛さを感じるのだろう。そこにヒントがあるような気がした。

── どういうときに生き辛さを感じる?

「歩いてるときとか」

 私は慌てた。まったく社会的なことではなかったからだ。

── それは、一人でいるときも?

「うん。ふとした瞬間。特に何かがなくても。なんで人間やってんだろう? みたいな。人間として存在してることが」

 私は無意識にXちゃんの前提を受け入れていなかった自分に気が付いた。人と人との関係性の中で傷ついたり生き辛さを感じることは、「人間」だからである。けれどそれ以前に、Xちゃんは人間として存在することそのものに違和感を抱いているのだ。私が困っていると、Xちゃんはより詳しく説明してくれた。

「人間関係が辛いとか、仕事が大変とか、そういうことは、『あぁ人間だから大変だよね、仕方ないよね』ってだけ。人間生活は大変だなって思う。でも生き辛いって言葉は使いたくない。たまにインベさんの写真が、『生き辛さを抱えた女性を映してる』って紹介されるじゃないですか。嫌だなって思う。写真に映ってるのはそういう面じゃないし、ひとくくりにされることが凄く嫌だ」

 私の写真は人の心にフォーカスしているため、被写体の女性も葛藤や矛盾を抱えて生きている人が多い。それを世間が見たとき「病んでいる」とか「生き辛さを抱えている」と思われることは確かにある。私自身は人のそうした側面をネガティブに捉えているわけではないので、「かわいそう」という視点で見られるのは本意ではない。けれどメディアで紹介されるとき、私はしばしば妥協してしまう。「生き辛い」という言葉は分かりやすくて便利だから、そういう言い方をされるのも仕方ないだろうと思ってしまう。でもそうしたことを、Xちゃんは見逃さなかった。

「『生き辛い』って、人間であることが前提じゃないですか。日本社会とか資本主義経済で生き辛いのは当たり前だし、社会システムの中に入れば、そこが辛いのは当たり前だから、そこに怒ってもどうしようもないと思う。そういう社会的な生き辛さに関しては諦めたというか、人間の形をしている以上、仕方がないと思ってあまり気にしなくなったんです」


 そんなXちゃんは、まさに人間らしい生活を送っている。

「そうそうそうそう! ちゃんと働いてるし、今の会社は1年8か月続いてる。一応、過去最長なんですよ」

 転職は多いけれど逸脱はしていない。まっとうな人間生活を送りながら、自分が人間であることを認められないでいる。それはきっと、一人になったらストレスから開放される、という類のものではないのだ。私はそのことについて、あらためて聞いた。

── 一人で部屋にいるときにラクになれるわけではないってことだよね? 

「そうですね。ラクになるってどういうことですか? ラクになるって死ぬことだと思う」

 私はまたも慌てた。一般的にストレスとは、人間関係から生まれるものだと思う。人前でニコニコしたり、話を合わせたり、気を使ったり。そういうことを外でやっていると、家に帰って一人になったとき、ふーっと緊張の糸が切れてラクになったりするものだ。そうした前提を説明すると、Xちゃんはキッパリと否定した。

「そういう意味での擬態はしてない。人前でニコニコとかあまりしないし、媚びる相手もいないし、人に合わせようと思わないし。営業職だから初対面の人には明るく話すけど、それはそこまで苦じゃないから」

 そして念を押すように言った。 

「人間の形の擬態はしてるけど。ラクになるって人間じゃなくなるってことですよね?」

 私はXちゃんをまだ理解していないのかもしれない。心の中で、好奇心とモヤモヤが同時に押し寄せる。

── どうなったら一番いいんだろうね?

「この魔法が解けて、元の姿に戻れれば」

 私は『美女と野獣』を思い浮かべた。でもあれは、王子が呪いをかけられて醜い野獣に変えられてしまうお話だ。Xちゃんの元は何なのだろう?

「諦めつつはあるんですけど。自分が人間ってことを信じないといけないのかなと思いつつ、どこかで本当は人間じゃないと思ってることが救いになってる」

── 両親と顔は似てる?

「あまり似てない。でも姉は母似で、私は姉と似てるんですよ」

 私はなんだかXちゃんが本当に人間ではない何かなのかもしれないと考えたけれど、当たり前だけど、やっぱりXちゃんは人間から生まれていた。そんなことを考えながら、しばし言葉に詰まっていると、Xちゃんも同じことを考えていたらしい。急に素っ頓狂な声をあげた。

「ああぁぁ!! なんか人間ですね。認めたくない!! お母さんとお父さんから生まれたなんて。ちゃんとへその緒も取っといてあるし」

 そしてまた気を取り直したように言う。

「どこかのタイミングで入れ替わったのかも」  

 やはり認めるのは辛いようだ。
 
── 夢の中では人間?

 そう聞くと、Xちゃんは私の目を見つめながら、コクンと頷いた。

「残念ながら、この私ですね」

 Xちゃんは恋愛に興味がないという。そのことも人間じゃないことと関係があるのだろうか。

「愛を知らないことが最近すごくコンプレックスです」

── 好きな人は?

「好きな人はいます。愛ってなんですかね。好きって簡単でしょ。何人もいるし、好きって感情はわかる。でも好きはどこまでいっても大好きでしかない。付き合うってことが本当にわからなくて。何年か前はそれで悩んでた。好きだから付き合いたいって思ってる人が多いじゃないですか、たぶん。それがまったくわからなくて。付き合いたいっていう感情がなんでわからないんだろうって最初は思ってたけど、その感情がないんだと気が付いたんです。好きでも、恋愛にはならない。恋愛ってなんですか? って感じ。インベさんは、人を好きになったら付き合いたいと思いますか?」

 私はそこに疑問を持ったことはなかった。しばし考えて、否定する理由はないと思い「うん」と答えた。

「えー!! ショック!!」

 どうやら期待と違ったらしい。

── 恋愛は一度もないの?

「うん。恋人ってのはない」

 私は先日、アセクシャルの女性から話を聞いたことを思い出した。アセクシャルとは、人を好きになることはあっても恋愛感情や性的欲求を抱かない人々のことだ。名前が付いているくらいだから、当事者はそれなりにいるのだろう。その話をしようとすると、Xちゃんは話を遮るように言った。

「セクシャリティは自分で決めればいいと思ってる。ラベルじゃないですか、アセクシャルも」

 確かに名前をつけてカテゴライズすることは、ナンセンスかもしれない。

「今は自分を何かに当てはめようと思ってないんです。『恋人いるの?』って普通に聞かれるじゃないですか。それはもう慣れたから流すんですけど、聞かれるたびに『この人にとってはパートナーがいることが普通なんだな』って思うかな。誰かを好きになったり、付き合ったり、結婚したりすることとかが普通だと思ってる人なんだなって」

 動物には、つがいになるものとならないものがある。雄と雌で一緒に生活する動物は圧倒的に少ないのかもしれない。そんなことをぼんやりと考えた。

「根本が人間じゃないからわからないのかも。良い夫婦とか、良いカップルとか見ると、大切な人がいたら人生が豊かになるかもしれないなと思うけど、自分がそういう相手を持つかというと、ちょっとわからないな」

 しかしそんなXちゃんは、ものすごく可愛い外見をしている。『モテ髪』『モテワンピ』『愛され女子』みたいな言葉がぴったりハマるほど、ふんわりゆるふわ女子だ。良い寄ってくる男たちを、どうかわしているのかは不思議だった。

── 職場で良い寄られたりはしないの?

「まったくない。ほとんど既婚者だし」

── それは関係ないよ。

「え!?」

 Xちゃんは、初めて聞く言葉かのように驚いていた。現実には、女を口説いてくる既婚者は当たり前にいる。けれど、男に口説かれないということは、男たちは独特の臭覚で、Xちゃんが男や恋愛に興味がないことを察知しているのかもしれない。
 そして人間ではない何か別の生き物、というXちゃんが抱いている感覚も、きっと変えられないものなのだろう。

── 一生背負っていくものなのかな?

「あまり未来のことを考えたくないというか。将来を想像したり、こうなりたいとか思うと、『何十年後も人間の姿でいるつもりなのか!?』って思っちゃう」

 これはひょっとすると、LGBTの次に続くような類のものなのだろうか。性同一性障害だって、たった数十年前までは信じられないことだったはずだ。

「人と違うことには悩んでないんです。人間の姿をしてることは凄く嫌だけど、それ自体は悩んでない。愛を知らないことが悩みです」

── たぶん人間じゃないんだと思うよ。

 思わずそう口から出た。なんだか本当に、元が違うもののように思えたからだ。

「よかった、そう言ってくれる人がいて」

 Xちゃんは、穏やかな笑顔を見せた。

「私がラクになるのは人間じゃなくなること。それだけは確かな答え」

 私は何も奥に踏み込めていない気がしたが、はじめて聞く感覚を知る上ではここまでが精一杯だった。

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1980年、東京都生まれ。写真家、ノンフィクションライター。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間①②③』、著書に『ノーモア立川明日香』(共著)、『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?』など。@kaworikawori
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