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第30回 パワースポットでSNSを開く

 ここ4日間ほど、森や自然の多い場所にいた。とある取材のため、レンタカーを借りて、愛知から長野までの間を車で往復していたのだ。友人がアシスタントで同行してくれたので、運転が苦手な私には助かった。
 私は生まれも育ちも東京なので、自然というものにそれほど親しみがない。旅行もほとんど行かないので、4日間にわたって自然の中にいるなど、はじめてに近いことだった。

 名古屋から高速道路をひた走り、街を抜けると、あっという間に山に囲まれる。初夏の山は青々としていて、まるで巨大なブロッコリーに見えた。木々が生き生きとしていて、その生命力の強さに圧倒される。自然は人間よりも、はるかに力が上なのだろう。窓を開けると、緑の匂いがブワッと身体に入ってきた。
 途中、奇妙な形の岩とエメラルドグリーンの川で有名な、絶景スポットへ立ち寄った。平日ということもあって、観光客はほとんどいない。木々のざわめきと、鳥のさえずり、水の音しかしない場所だ。新鮮な空気を吸って、巨木の湿った木肌に触れる。
 この場所で友人が動画を撮ったら、なんと私の背中に白いもやがかかった映像が撮れてしまった。自然の中では、いとも簡単にスピリチュアル現象が起きてしまうのか。

 さて、そんな場所にいながら、私はいつもの習慣で当たり前のようにSNSを開いてしまった。その瞬間、画面を見てギョッとした。目に飛び込んできたのは、アベノマスクへの批判、芸能人の不倫問題、レイプ事件のニュース、児童の性被害、デモ、署名活動、などなど各種社会問題が、どれだけスクロールしても出てくる出てくる。なんだこここは、地獄か!?
 もちろん、私にとってそれはいつもの見慣れた光景のはずだった。特にツイッターでは、様々な人が社会問題について意見を書きこんだり、議論を交わしている。私は器用なタイプではないので、自分は参加しないと決めているけれど、周りの人の活動は常にチェックしている。SNSはどこよりも情報が速く、世の中の動きを知るにはSNSを見るのが一番だ、と思っていた。
 ところが、ひとたび大自然の中に入ると、SNSがまるで理解不能な世界に見えてパニックになってしまった。「あれ、私こんな世界にいたんだっけ?」と、一瞬、意味がわからなくなるのだ。パラレルワールドに来たか、あるいは浦島太郎になったか。とにかく社会との乖離がものすごい。
 特に昨今問題視されている、SNSにおける誹謗中傷については、社会にいるとその深刻さがよくわかるのに、大自然の中で見ると頭の中が「?」で埋め尽くされた。
 インターネットは、生身の人間が実態として存在しない場所だ。文字だけがコミュニケーションツールになり、情報だけが行き交う。そこが一つのコミュニティであり、社会として成立していることに「?」が浮かぶのだ。今までそのことに違和感など持っていなかったのに、おそるべし自然の力。
 俗にまみれて生きている私すらも、ちょっと山の中に入れば、いとも簡単に自然に引っ張られてしまうのか。
 私は怖くなり、SNSの画面をそっと閉じた。
 
 長野では、山に住む知人宅に泊まらせてもらった。そこは本当に山奥で、街灯もなく舗装もされていない砂利道を、ガリガリ音を立てて走った。木の枝が車にバキバキと当たるので、レンタカーが傷つきやしないかヒヤヒヤするほどだ。ヘッドライトに驚いた鹿が、道を横切って逃げていくのが見えた。森には、キツネやウサギもいるらしい。
 この日は、汲みたての地下水でカンパイし、季節の野菜を使った手料理をたくさんご馳走してもらった。
 人里離れると、コロナ禍であることなど完全に忘れてしまう。情報から遮断され、目の前の人間と、木や動物たちしかいない場所。そこでは自分に直接関係する、目の前の出来事の連続しか存在しない。
 一方、SNSは情報が絶え間なく流れてきて、言葉ひとつで人々が一斉に怒りのパワーに燃え盛る。もちろんそれは、社会をより良くするために必要なことだ。けれど森の中にいると、情報ありきの生活が奇妙に思えてくるから不思議だ。

 山を出ると、また車を走らせ、諏訪湖周辺を見て回り、名古屋に戻った。最後は、無事取材を終えたお礼に愛知県の豊川稲荷へお参り。1000体の狐の石像がお祀りされている豊川稲荷の霊狐塚は、霊的な空気をビシビシと肌で感じる場所だ。梅雨入りしたこともあり、観光客がほとんどいなかったので、よりいっそう神聖な場所に感じた。空気が人間界のそれと明らかに違うのだ。稲荷の外へ出ると、また「人間界に戻ってきた」ということがハッキリとわかるほどである。
 
 ランチには、豊川稲荷の近くで国産うなぎを食べた。私はうなぎにテンションが上がり、スマホで撮影して、さっそくSNSにアップしようと画面を開いた。すると、目に飛び込んできたのは、アプリで加工された可愛い女の子たちの自撮り画像だった。うひゃあ! なんだここは!? 人間界ってこんなだったっけ!? 一瞬、パニックに陥る。
 今度は我に返って、うなぎをアップしようとしている自分にギョッとした。私は一体、何を見せつけようとしているのか……!?
 私は基本的に、SNSを仕事の宣伝のために使っている。食べ物とか、自撮りとか、友達と遊んでる様子とかをアップする人々とは違う使い方をしているのだ、と自分では思っていた。
 ところが、ふと我に返ると、私は自分の食べた国産うなぎをアップし、豊川稲荷へ行ったことを狐の石像の写真とともにアップしている。なんだこれは!? ものすごい自己顕示欲ではないのか!?
 いつもならなんとも思わない自分の行動も、なんだかすべてが変なことに思えてくる。4日間にわたって、自然に囲まれ、霊的なものに触れていたら、すっかり人間界からズレてしまったらしい。
 けれど、その感覚は悪くはなかった。

 新幹線に乗って再び東京に戻ると、都会のコンクリートジャングルは、いつもの見慣れた光景だった。私はまた、あっという間に人間社会の渦にからめとられ、その場所に馴染んでしまったようだ。
 SNSを開いても、そこはいつものSNSだ。

 人間をここまで原点に引き戻してしまう、自然のパワーは凄い。

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1980年、東京都生まれ。写真家、ノンフィクションライター。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間①②③』、著書に『ノーモア立川明日香』(共著)、『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?』など。@kaworikawori
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