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第23回

第23回 何かを作ってしまうこと

 創作欲求とは、どこから出てくるものなのか。思えば私は、子どもの頃から何かしら創作活動をしていたから、これは生まれつきのものではないかという気がする。

 小学生の頃は、大人に混ざって新聞の投稿欄によくイラストを描いて送っていた。1年生から10年以上続いたので、掲載回数と投稿年数により権利が与えられる「誌上個展」も行ったくらいだ。
 高校1年生の頃は、一コマ漫画を描いて勝手に教室の壁に貼っていたし、ラジオの深夜番組では、しょっちゅうネタを書いて投稿していた。高校3年の学園祭では、先生達に「何も見ないでキティちゃんの絵を描いてください」とお願いし、その絵を元に勝手に心理分析して掲示した。
 学生時代にコンビニでアルバイトしていたときは、あれはイラストだったか文字だったか思い出せないが、レジの内側にひたすら作品をつくって貼っていた。それらは私が辞めた後も、10年ぐらいはバックヤードに保存されていたらしい。
 最初に就職した編集プロダクションでは、席の後ろの壁に、自分の選挙ポスターを作って貼っていた。何の意味があったのかは、今ではよくわからない。

 以上は、人に見せる前提があるが、そうでないものもある。

 私はいつもキャンパスノートを持ち歩いているが、これは18歳頃から始めた習慣で、日記やそのとき閃いたことなど、とにかく思いついたことを書きまくる。仕事でも使うので、多いときは1カ月で3冊は書く。書かないと時間が前に進まないような気がして落ち着かない。手を動かすという作業は、脳を活性化させる効果があるように思う。
 思い返せば、私はまだ文字が書けなかった幼少の頃から、ノートに文章を書いていた。ということは就学前くらいだろうか。文字風のめちゃくちゃな何かをひたすらノートに書いて、文章を書いた気分に浸っていたのだ。あの当時やっていたことを、大人になった今はリアルにやっていると考えるとなんだかゾッとする。まるで前世から物書きだったみたいな話だが、私は文章がそれほど上手くないのが残念なところだ。読みやすいとか、わかりやすいとか褒めてもらえることはあるけれど、脳内では「もっとこういう風に書きたい」という欲求が高くあり、自分の理想には遠く及ばない。

 ついでに言うと、夢の中でも何かを書き続けたり、読み上げたりしていることがよくある。それらは、目が覚めると忘れてしまうから、気になってしょうがない。
 あるいは以前、夢の中で誰かの作品を読み、えらく感動したことがあった。「こんな素晴らしい作品を自分でも作れたらいいのにな」、と思ったら夢だった。あれも結局、自分の脳内で作られたものかと考えると、かなりビックリだ。
 人間の脳は10%しか使われていないというけれど、私の潜在意識には、自分が想像も及ばないような作品が眠っているということなのだろうか。何かスイッチを押して、出てきたらいいのだけど。

 ちなみに私は、日常的にノートは持ち歩いても、カメラを持ち歩くということはない。写真家なのに、カメラはよくても、ノートを持たずに外へ出るのは不安なのだ。
 よく「無人島に持って行くとしたら何?」という質問があるけれど、私は迷わずノートとペンと答える。何もない、誰もいない、という状況下で、自分がどんな心理状態になるのか、ひたすら書き留めることで精神安定をはかると思う。
 仕事で使うときは別として、私はメンタルを整えるためにノートを使っているのだろう。なので、これまでもこの先も、ノートを人に見せるということは絶対にない。つまり創作物ではなく、そこにはただ表現衝動があるだけだ。
 
 よく表現者がプロとしてやっていくためには、人に見てもらい評価されるまでのプロセスを考えなければいけないと言われるけれど、私はそもそもそれが苦手なタイプでもある。

 2001年から始めたホームページは、かなり作りが雑だし、今も、もの凄い量の作品がただ並んでいるだけだ。しかもネガフィルムのスキャン画像を、整えないでアップしているのでかなり画像が汚い。
 これは昔、何度も「画像を綺麗にするべきだ」とか「セレクトをもっとしたほうがいい」と指摘されたが、私はやらなかった。見せることに労力をかけるより、作品を撮ることにエネルギーを使いたかった。
 今も変わっていないというのは、あまり良くないことではあるけれど。
 
 ところで世間では、新型コロナウイルス騒ぎの影響で、創作意欲が減退している表現者が多いらしい。身近にもいたし、SNSでもそのようなつぶやきを多々みかけた。「コロナ疲れ」という言葉も出てきたが、こう不安を煽られると気が滅入るのだろう。フリーランスは仕事のキャンセルが相次いで、作家活動どころじゃないのかもしれない。
 ということは、今は世界中の表現者たちが一斉に、創作意欲が減退しているということなのだろうか。かくいう私も今はあまりやる気がない。先行きが読めないと、なんだかダラダラしてしまう。
 では、やる気が起きないときはどうするか。私の場合は、何もしない。あるいは全然違うことをする。放っておいても創作欲求は、いずれ湧いてくるので、エネルギーは温存しておくに限る。

 表現者に限らないが、「何もするな」と言われると、何かしたくなってくるように、行動を自粛している人達はいずれその反動で爆発するように思う。

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1980年、東京都生まれ。写真家、ノンフィクションライター。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間①②③』、著書に『ノーモア立川明日香』(共著)、『のらねこ風俗嬢-なぜ彼女は旅して全国の風俗店で働くのか?』など。@kaworikawori