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尊敬される側に近づきたい。

すごい、尊敬できる人はふたつタイプがあると思う。


ひとつめは、考え方が違う

ふたつめは、技術があったり、才能がある

それだけじゃないかも

でも、私は、こう思う。

ひとつめの人が、すごく好きだ。尊敬できるって思うことが多い。

でも、よく考えたらこの人には私もなれるかもしれない!!

考え方は、アップデートすればいいのだ、知っていいなって思ったら真似してもいいのだ。

素晴らしいところは真似して、自分を良くするためにつかっていい。

ふたつめのすごい人は、難しいかもしれない。すごいけど見てると圧倒されて、自分の自信がなくなってしまうことがある。元気なときに見たり会ったりする分にはあんまり影響ないけれど。

すごい!けれど、私とは違うしなあってなる。

でも、そういう物事に取り組む姿勢とか考え方は吸収できる。コツとかやり方をみて真似はできる。



出来ることが増えるって私は楽しいから好き。

誰かを蹴落とすために私の出来るとか考え方は使いたくないかもしれない。

こういう考え方すると、楽に生きられますよとかここはこうしたほうが楽にできますよとかそんなふうにつかいたい。

唯一無二の個性を活かしてバチバチにやってやるぜみたいなのが悪いって言ってるわけじゃない。私もそんなところひとつはほしい。

効率よくできる方法とか、ストレス減らせる考え方は共有して、もっとみんなが楽になれる方法を探りたい。

唯一無二の技術でみんなをハッピーにできたり、スマホみたいな技術でガラケーから使いやすくできたら便利だし、革新的だったり才能もやっぱり人を助けてるのかもしれない。

すっごい技術とか生まれつきの才能がやっぱりほしいなーって思う。

考え方で、手に入れられるなら、私もたくさん考えて考えて自分で創造できるようになりたい。

今のnoteがつながるはず。


台湾のプログラミングの方の記事が良かった。

考え方ってとても人をつくっている。技術だけあってもどうやってつかうのかは人それぞれ。

物事の本質を見抜くことができる人は尊敬できる。自分とか、自分の味方とか住んでる国とか家族とか友達とか、自分にとって攻撃をしてこない人、優しい人、自分が属している側のものでも、ちゃんと客観的に意見できる人は大切にすべきだと感じた。ここは良い、でもここは〜のところを参考にしたいとか、自分のあんまりできてないところを受け入れてバージョンアップできる人は強い。


テストの間違い直しが大嫌いな生徒だった。自分の批判を見るのが嫌いだった。できないところは目をつむってたかった。

今は、間違い直しをする。その問題がなぜ、どこで間違ったのかきちんと分析する。

批判は見る。フィードバックを見る。

人って自分よりできてる人を妬むから、意外とそういうのもあって、全部を真に受ける必要ないんだって気づいた。客観的に、確かにって納得できるところは改善してる。納得できないところは、他の人にきいてみる。それでも納得できない妬みのところは、もう知らない!その人がどうにかその気持ちを対処すべき!私にぶつけたってあなたのその妬む気持ちは変わらないわ!って思うことにする。

できないところは、なぜだめか考える。ほんとに技術的に無理なことは得意な人に任せる。私はできるところ得意なところをする。全部抱え込んで改善するのは私の人生じゃ時間が足らないわ。


こうやってすこしずつでも自分がいいなって思える人に近づいて、楽しく生きられたらいいなあ。

プラスでおわれた!やったね。

読んでくれてありがとうございます。 少しでも頂いたサポートで生きていく喜びを探したいと思います。