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自分を虚しく感じさせない技術。

現代の日本では、一人で活動する“ソロ活”に注目が集まっています。

ひとりカラオケの拡大、おひとりさま専用の雑誌の発売、ひとり焼肉なんてのも、恥ずかしげもなくできるようになりました。

一人遊びを生きがいにしている僕にとって、その風潮はありがたいです。
僕は一人遊びには自信があるので、最高の時代が到来しました(笑)。

幼少期から僕は、誰かを自分の遊びに巻きこむのは、迷惑だと思っていたので、一人でおもちゃを使って遊ぶことが多かったです。

おもちゃを動かして、架空のテレビ番組やラジオ番組を作って遊んでいました。人形1人1人に「遠藤」や「中川」などの名前を付けて、漫才やコントをさせたり、ドラマに出演させたり、音楽をやらせていました。

しかしながら、小学3年生の時に、そんなことをしているのは恥ずかしいことだと、なんとなく知りました。先生や友達、兄貴などのおもちゃに対する姿勢から読み取ったのでしょう。一人で自作自演する遊びって、子どもだから許せたようなものですが、これをある程度育った人間が一人でやっているのは、痛々しいみたいです。

僕はそれでも辞めることができませんでした。さすがにおもちゃを使うことはやめましたが、自分の脳内にキャラを作りながら、創作することに夢中になりました。これなら、見た目で一人遊びしていることに気づかれません。おもちゃを使っていないだけで、やっていることは同じなんですが(笑)。

中高生辺りからは、携帯のボイスレコーダーに2時間のオリジナルラジオ番組を作りました。ラジオ番組のように曲もかかりますし、メールも届いている設定です。コーナーもありますし、トークもあります。これは、全部自分で自作自演しています(笑)。現在、トータルで100回ぐらいやってます(笑)。

周りが引いてしまうぐらい、痛々しい一人遊びが好きな僕ですが、他人の一人遊びで思わず引いてしまったものがあります。

それは、“ひとり寄せ書き”です。

これは、高校の同級生で人気者の代々木くんが、発案した一人遊びなんですが、自分を引退した設定にして、30人程度の架空の人物が色紙に寄せ書きを書いてくれるという遊びです。

色紙には、自分と親交の深い人から、ただ渡されたから書かないといけない人まで、さまざまな人がいるそうです。しかし、それを書いているのは全部自分です。

ただ、彼はその遊びをやって、虚しい気持ちになったそうです(笑)。

幼少期から一人遊びをやってきた僕にとっては、一人遊びに寄せ書きを選ぶのは、センスがないと思いました。一人遊びにおいて大事なのは、

“周りからは虚しく見えても、自分は虚しく感じない”ということです。

僕がやっていることも、周りから見れば虚しいことです。誰にも聞かれないラジオを延々と録り続けているので、ちょっとイタいです。

しかしながら、ラジオという媒体は、自分が虚しく感じないようにできています。それは、持続性があるからです。

そもそも寄せ書きは、何度も書くものではありません。別れのシーンや応援のシーンで使われることが多いので、書く言葉も限られてきますし、完成した時に、虚しさを可視化しやすいです。

しかしラジオなら、来週の放送はどうしよう?と考えなきゃいけないので、虚しくなっている暇がありません。だからこそ、楽しいのです。

それを連続させることによって、虚しそうな顔をしていた人にも「それ、楽しそうだね!」と言わせたら、こっちの勝ちです。

なので代々木くんは、本当は一人遊びを楽しみたいのではなく、“誰かといい感じのお別れを望んでいたのかな?”と、勝手に察してしまいます。

まぁ、彼は人気者ですから、いろいろあったんでしょう(笑)。

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