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自己肯定感は、自分が望む生き方をしたあとについてくる。

誰かに好かれたり、愛されたり、必要とされる。

自分が望まれている存在だと分かると、強い自己肯定感を持つことができて、自分のことも好きなれます。

誰かに好かれるために、毎日頑張っている人もいるでしょう。

誰かに愛されている人を、羨んでいる人もいるでしょう。

誰かに必要とされている人と、自分を比べてしまう人もいるでしょう。

みんな、その自己肯定感を得るために、悩んでもがいて苦しみます。

それでも、僕らは自然と「望まれる生き方」を選んでしまいます。

それも、自分の「望む生き方」を抑えつけて。

本当は、もっと仲良くなりたい人がいるのに、自分から誘うのが怖いから、自分をよく誘ってくれる人と会ってしまう。

本当は、新しいことに挑戦したいのに、会社の人が自分のことを頼りにしているから、今のままとどまってしまう。

誰かに必要とされない可能性のある「望む生き方」よりも、確実に誰かに必要とされる「望まれる生き方」の方が、自分が傷つかずに済むし、自己肯定感も下がらないから、こっちを選ぶ方がラクなのです。

しかし、その先には、必ず「自分の望まない未来」が待っています。

恋が実った人や、夢を叶えている人など、自分が望む人生を生きている人と直面したとき、「自分だって、いろんな人に望まれてるし…」とか言って、なんとか自分のことを守ろうとしますが、絶対に心のどこかで「羨ましい」という気持ちがあるはずです。

「自分もそう生きられるなら、そう生きたかった」と、心の奥底で思ってしまいます。

結果的に、そんな自分のことが嫌いになります。

だから僕らは、自分の弱い心に、一度問いかける必要があります。

目先の自己肯定感のために、「自分の望む未来」を捨てて良いのだろうか。

あとで、強がったり、妬んだり、嫌になったりしないだろうか。

自己肯定感が低い人ほど、目先に自己肯定感をぶら下げられると、ついつい飛びついてしまいますが、それに飛びついてラクになれるのは、飛びついた瞬間だけです。

他人に、あなたの自己肯定感を保証する義務はありません。

そもそも僕らは、誰かに望まれないと生きちゃいけないのでしょうか。

絶対にそんなことはないはずです。

僕だって、誰に必要とされているわけでもないのに、こうやってnoteを書いているんですから、あなただって、自分が望む人生を生きて良いに決まっています。

もちろん、このnoteが必要とされているなら、僕だって喜びますが、それは一番に優先させることではありません。

まずは、自分が望んで、この生き方を選んだかどうかが、一番大事です。

自分が望む生き方をしたあとで、自己肯定感はついてくるのです。

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