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仕事のお礼にいただく変わったもの

「テレビ電話がうつらねぇんだけども、とりあえず見てもらえねえか。」

ご高齢の方からの電話はぶっきらぼうなことが多い。

もう少し聞き取りをして、具体的な修理箇所を特定してから現場に行きたいという本音は隠してとりあえず現場であるお宅に伺う。

IP告知端末

自分が暮らしている町では1世帯につき1台のIP告知端末が設置されており、仕事の一つとして端末の修理、サポートを行っている。この端末は町民から「テレビ電話」と呼ばれており、呼び名のとおり映像付きの通話をはじめ行政からの告知、防災連絡などに使われる。

これから訪れる長い冬の季節では道路の通行止め情報、気温低下による水道凍結のお知らせ、暮らしに関わる大切なお知らせも増えるため、できるだけ早めに対応する必要がある。

風で雪が道路を舞う

町の中心部から離れた古い一軒家。海から吹き荒ぶ強い風に電線が激しく揺れている。

現場に着くと、電話口で話した旦那さんが顔を出してくれた。ぶっきらぼうな電話からは想像がつかないような物腰と笑顔。電話ではぶっきらぼうでも顔を合わせるとたいていの方は愛想が良かったりする。案内されてお宅に入りテレビ電話の位置を確認すると、壁にはすっかり日に焼けたお子さんやお孫さんの命名書が大量に貼られている。

作業自体はほんの数分で完了。

「よかったら飲んでいきな。」と、薪ストーブで温められた缶コーヒを奥さんが渡してくれた。薪ストーブの炎と煙草のゆらめきを眺めながら、缶コーヒーをいただく。ふたりともヘビースモーカーで、途切れることなく次から次へ、煙草を吸い続けている。薪がはじける音、風で扉がガタガタと揺れている。

「あんたはどこから来た人だい?」

作業後にする会話の一歩目はこの話題になることが多く、そんな時は会話の糸口として、祖父の名前を使わせてもらう。今回もいつものごとく祖父の名前を出すと一気に距離が近付き、おふたりと祖父や親戚との思い出話をしてくれた。

祖父よりも、祖父の兄とのつながりのほうが強かったようで、祖父と祖父の奥さんが子どもたちを連れてよくこの家に遊びに来ていた、と話す旦那さん。隣家もない場所なので、大音量でカラオケをするのが恒例だったんだ、と旦那さんに合わせて奥さんがそう話す。
町から離れたこの場所で暮らすまえは、町の中心部で焼肉屋をしていたのだけれど、気兼ねなくカラオケで歌いたいからここに住むことにした、と笑いながら本当か冗談かわからないエピソードを聞かせてくれた。

缶コーヒーを飲み干して、そろそろ…と言うと、
「あら、もう帰るのかい。」と、名残惜しそうに奥さんからの一言。断らなければ2本目の缶コーヒーが出されてしまうので、しっかりお断りして立ち上がる。

隣村の名物の酢いか

「助かったわ、ありがとうな。よかったらこれ持ってけ。中のつゆがうまいから捨てずに食べたほうがうまいぞ。」

そういっていただいたお礼の酢いか。わざわざ準備したのか、たまたま余っていたのかはわからないけれど、お礼に酢いかをいただく仕事というのはなかなかめずらしい。

初回でお宅へ伺う際にはカメラを持っていかない、というマイルールがあるため(不審がられてしまうので)今回は残念ながら撮影できなかったけれど、次回また伺う際には撮らせてもらえるよう交渉しよう。

西の空に光芒

毎度のことながら、作業時間より会話時間のほうが長い。会話の内容を思い返しながら事務所へ帰る道、西の空には不穏な雲の隙間から光芒がみえた。吹雪は今週いっぱいつづくそうだ。

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原田啓介
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