見出し画像

私とメイドカフェ。~レモネードは少し苦い味~

私の青春は、秋葉原の某メイドカフェにも、たくさんたくさん詰まっている。

私とれもんさんの出会い

中学3年生の頃に、父におねだりをし、母と妹に呆れられ、初めて某大手メイドカフェに連れて行ってもらった。

何の予習もせずに初めて行ってみたそのメイドカフェには、何故か花と大きなタペストリーが飾られていた。ステージでは愛らしいメイドさんが「○○ご主人様~!」とマイクで男性を呼んでは、チェキの撮影が行われていた。

メイドさんは愛らしいが、私たち親子は、どうしても常連さんとメイドさんの独特の雰囲気に適応できない。また来ることはないかな…と思っていたそんなとき、とあるメイドさんが話しかけてくださった。

「ご主人様、お嬢様、初めてのご帰宅ですか~?」「お屋敷(※メイドカフェのことをこう呼ぶこともある)でイベントがあって、別のご主人様がお花をお送りしてくださったんですよ!」

メイド服を最も清楚に着こなしていたそのメイドさんに、私は一目惚れした。メイドカフェからお出掛けをしてから、メイドカフェ公式ホームページを調べて、そのメイドさんがれもんさんという名前であることと、新人のメイドさんであることを知った。

高頻度で秋葉原に通う私と父

れもんさんに一目惚れしてしまった私と父は、れもんさんのブログやTwitterをチェックし、れもんさんがお屋敷にいる時間帯を狙い、ご帰宅するようになった。

2回目のご帰宅のときには、れもんさんは私と父のことを覚えていてくれた。年頃の娘と父親という組み合わせでお屋敷にご帰宅するパターンがほぼなかったからかもしれない。

れもんさんと無事にお会いできた日には、父におねだりをして、れもんさんを指名して、「メイドとゲーム対戦」と「メイドと記念撮影」のアミューズメントメニューを入れた。いわゆる“チェキゲー”である。

時にはメイド以外の衣装のれもんさんと“チェキゲー”をして、時には対戦中にゲーム用品を壊してしまって2人の内緒にしたりもした。

れもんさんとは様々な話をした。れもんさんが昔はロリィタファッションにハマっていたことを知り、ロリィタに興味を持ったりもした。

通信制高校生の私にとって、れもんさんは親しい友人に近く、憧れの先輩にも近かったのかもしれない。

しかし、そんな日々にも、もちろん終わりは来る。

れもんさんの素性、そして“卒業”の発表

高校1年生になった私は、大学の合同説明会イベントで大量に貰った大学のパンフレットを眺めていたら、偶然にも、れもんさんを見つけた。特徴的なホクロの位置などから、「これはれもんさんだ!」と確信できたのだ。

また、2013年某日、れもんさんはメイドカフェを”卒業”することを発表した。私の通っているメイドカフェでは、メイドさんがアルバイトを退職することを、卒業と呼んでいる。アイドル業界などではありがちな用語なのだろう。

れもんさんは、大学生活を送りながらメイドカフェでのアルバイトをこなし、大学生活の終わりを迎えると共に、メイドカフェを”卒業”しなければいけなくなったのだろう。

れもんさんとのお別れ、交わした約束

れもんさんがメイドカフェを卒業する前に、私は父と共に、れもんさんに最後の挨拶をするためにお屋敷に行き、れもんさんとのチェキゲーをオーダーした。

お屋敷のお嬢様の私はお屋敷のメイドに触れることは許されないながらも、私がれもんさんと抱き合っている風の身体が一切触れていないチェキを撮影していただいた。

メイド・れもんさんとお別れする前に、れもんさんと父と私の3人で、とある約束を交わした。それは、「いなちゃんがメイドカフェのメイドになり、私の父とれもんさんがお屋敷にご帰宅して、3人で再会する」というものだった。

れもんさん、約束を守れなくて、ごめんなさい

れもんさんと約束を交わしたあの日から、5年以上が経過してしまった。私はメイドカフェのメイドさんになることができなかった。通っていたメイドカフェのアルバイトに応募したことはあるが、面接にすら辿り着けない不採用っぷりだった。

奇跡的に面接に辿り着くことができたとしても、自傷行為の痕が左腕に残っている私は、半袖のメイド服で萌えを振りまくことはできないので、どう足掻いてもれもんさんとの約束を守ることはできないのだ。

れもんさんにとってはただの営業トークだったのかもしれないが、私にとって、親しい友人のようであり、憧れの先輩のようでもあった、れもんさんとの約束を守れていないことは、とても苦しいものだ。

れもんさん、お約束を守ることができなくて、本当にごめんなさい。

れもんさんに見つけてもらえるくらい、有名になる

2019年現在、私が通っていたお屋敷には、新たなれもんさんがメイドとしての職務を全うしている。私が必死に生きている間にも、時間は流れていることを、強く強く実感する。

今の私の夢の1つに、れもんさんに見つけてもらえて、再会できるくらい、有名な存在になること、というものがある。もちろん、簡単にできることではないのだが、いつかまたあのれもんさんに再会して、感謝の思いをいっぱいいっぱい伝えたいのだ。

れもんさん、1人のお嬢様の私ですが、まだまだ、またいつかどこかで会えるのを楽しみにしていますよ、なんてね。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

私の生き方や考え方などをもっと伝えるために使います。ぜひサポートをよろしくお願いいたします!

わー!嬉しいです!
77
発達障害(ASD)と適応障害で3級の精神保健福祉手帳を取得しており、セクマイ(セクは「いな」)でもあり、元不登校で、通信制高校出身の、プロフィールがごちゃごちゃとした大学生。素敵なプロフィール画像の作者はづんたさん。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。