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110億円調達の米国ロケットベンチャー企業Vector Launchの破産はナゼ?

2019年12月Vector Launch Inc.という超小型ロケットを開発する米国のスタートアップ企業が破産した。

正確には米連邦破産法の第11条なので再建型な手続きであり、事業再開する可能性はある。同社は2016年創業で、crunchbaseによると$102.8M(日本円で110億円ほど)の資金調達が報道されていたので破産は話題になっている。

破産の経緯は、世界最大のベンチャーキャピタルのSequoia Capitalが8月に資金を引き上げたことがトリガーになったとのこと。8月に当時のCEOが退任し、150人以上の従業員をレイオフしている。

110億円調達するも創業3年で破産はなぜか?

Vector Launch Inc.は突然生まれた会社なのではなく、00年代からGarvey Spacecraft Corporation(GSC)の会社の技術と構想を実現するための会社であった。GSC社のCEOのGarveyさんはVector社のCTOでもあった。(GSC社も同時に破産しているのでweb pageもそのうちなくなるかも)

GSCでは2003年〜2004年頃から超小型、特にナノサットと言われる数kgの衛星を打ち上げるロケットの構想をしていた。これは世界中でも相当に早い構想だった。

2019年現在、超小型ロケットプロジェクトは150個ほど計画されている。それだけ有望な市場だと考えられている。一方、2003年頃の小さいロケットの構想は、このGSCはじめ世界中に数社、日本では野田篤司さんの構想(インターステラテクノロジズ社に影響)やIHIエアロスペース/ISASのNL-520が(2018年のSS-520の5号機衛星打上げの前身)があった程度である。

1. 資金調達契約

110億円を現金で調達済みなら150人社員でも年間10〜20億円ほどの人件費であり、大型設備投資をしても創業3年で全額溶かすには早すぎる。資金調達の契約として、期限付きでマイルストーンを達成するたびに実際に資金が入る契約になっていたと考えられる。

8月時点で何らかの達成すべき項目が未達成で、契約に従って追加資金投下が中止されたのだろう。このような契約は、資金引き上げリスクがあるが、対外的には大型資金調達アピールのメリットが大きく、スタートアップ界隈では多用される。

上記の記事のように、Vector社は2017年時点で翌年の2018年には衛星打上げを実施すると公言していた。実際には2019年でも基礎的な燃焼試験や模型を作っていた程度であり、技術側から見ると、衛星打上げにはまだ数年かかるレベルだった。公表と実際の差があるのはスタートアップ企業あるあるではあるが、Vector社は度が過ぎていた。

経営計画として2018年に衛星打上げることになっていて、その遅延が資金引き上げの契約に引っかかったと思われる。

2. 技術の蓋然性(がいぜんせい)

技術の蓋然性(確からしさや成立性の意味、フィージビリティとも言う)はとても大事。2017年に自分のブログでVector Space研究Vector Space研究(その2)という記事を書いて、Vector Launch社(当時はVector Space System社という名前、ベクトル空間と被って検索性が悪かった)のVector-R、Vector-Hロケットの技術の蓋然性を批判した。ハッキリ言って全くロケットとして成り立っていなかった。

技術検討は甘くても良い。市場選択さえ間違っていなければ、技術は実現までに改善されれば全く問題ない。しかし、Vector社のロケットは製造や試験が始まっても根本的な部分での改善は見て取れなかった。

動画にロケットが作られているが、ブログで指摘している通り、このままのものを作っても軌道投入するシステムは成立しない。

技術試験と割り切れば、エンジンやロケット構造を作ってみることは素早く実現性を確認できる良い手法である。しかし、Vector社はこのまま打上げ可能であるような見せ方をずっとしていた。「試しにやってみたけど無理だったからちょっと変えるわ、スマンスマン」と言える経営計画であったならと残念な気持ちになる。

システム全体としての成立性は無いが、GSC社から続く個別の技術には光るものがあった。LOX/プロピレンのロケットエンジンは世界で唯一Garveyさんのところがやり続けていたし、C/SiCで中を覆ったFRP製のガス押し式エンジン燃焼室は重量が軽く量産向きの燃焼室である。その他にも安く作っているロケット構造や移動起立式ランチャー(TEL:Transporter-Erector-Launcher)など良い筋の発想はある。自分も参考にさせてもらっているところも大いにある。

口先と現実のギャップ

Vector社は2017年に3度ほど試験機を打上げている、0.001と呼んでいた機体と同じ大きさのロケットで衛星打上げ可能と言い張っていたが、このときの到達高度は1km程度であり、大きなモデルロケットというの実情だった。資金調達のための宣伝・動画撮影のためと思われる。技術的には踏むべきステップであってもいいが、口先と現実のギャップは太陽系の果てと果てほど遠い。投資家も最初は気づかなかったが、そのうち気づいたのだろう。

このように、1.無理な経営計画に基づく資金調達の契約内容2.技術的な蓋然性の無さ3.口先と現実のギャップに投資家が気づいた、これが合わさって110億円調達したロケットベンチャーVector Launch Inc.は破産したと考えられる。

他の宇宙系スタートアップ企業

宙畑というサイトに宇宙スタートアップの資金調達がまとめられている。(公知情報のまとめなので、知ってるけど言えない身からすると不足分が結構あるけど)

宇宙系のスタートアップ企業はオールドスペースと呼ばれている大企業を置き換える可能性がある。しかも、現在37兆円の宇宙ビジネスが40年代には100兆円や50年代には200兆円市場になるとの試算もある

大きな可能性のある市場だけに、稚拙なコケ方は資金を投じる方を疑心暗鬼にする悪い行為である。

業界の中にいると可能性のあるスタートアップ企業が多いと感じる。本当に好きでやっていて真面目で優秀な人が多い。しかし一部の会社は中身が空っぽだったりする。空っぽの会社が破産するのは業界の新陳代謝であり、健全なことである。資金や人材は社会リソースとして有限だから新陳代謝は早い方が良い。小さい新陳代謝は日々起こっている。Vector社はもう少し早く新陳代謝されていればよかったかもしれない。

ちなみに、スタートアップ企業だから悪いのではなく、国の事業であってもダメダメなプロジェクトはたまにあり、全体として資金効率はスタートアップ企業の方がマシなはず。国の事業だと明らかな失敗プロジェクトでも絶対に失敗と認めないので更に問題をややこしくする。

ちなみについでに、Vector社に投資している日本企業の人に、「あれ、詐欺ですよ、騙されてますよ」と根拠を持ってコッソリ指摘したことがあるが、聞いてもらえなかった。技術の分かっている人間の言うことを無視するとお金がGo to ドブなのである。

おわりに

大言壮語はスタートアップ企業のアクセルである。アクセルを踏まない人間にチャンスはない。しかしアクセルを踏みすぎると事故る。さじ加減こそ経営でありとても難しい。Vector社の件はアクセル踏み込みすぎという一言に尽きる。

現状技術で成立不可なロケットの時点でお粗末ではあったのだが、材料技術等が進めばVector社のような小型ロケットが成立する時代が来るだろう。そういう意味では時代が早すぎたとも言える。将来はGarveyさんの発想が社会実装される日が来るだろう。

その将来が来るまで、安らかにお休みください。Vector社。

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