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大人数の中でしゃべれない

あ、わたし、大人数になるとぜんぜんしゃべれないな。
と気がついたのは、高校1年生のころだった。

幼稚園→小学校、小学校→中学校と、学区内でいちばん人数の多いところから進学したので、高校生になって初めて「周りに知っている人がほとんどいない」環境を経験した。
1年生のクラスには同じ中学校から進んだ子は誰もいない。しかし、不安に感じているのはわたしだけではなく、おおかたのクラスメイトが友達ができるかどうか、引いてはこれから花のスクールライフを送れるかどうかを案じてそわそわしている感じだった。

入学式があって、クラスでの自己紹介があったけれど、それだけで全員の人となりを理解するのは当然難しい。
それゆえに、入学からしばらくは休み時間になると女子生徒10人くらいが輪を作り、わいわいとおしゃべりをしながら互いを知る、みたいな流れが生まれた。
そこで、わたしはほとんど口を挟めなかった。

グループの中でも何人かの子は、てきぱきとした感じでおしゃべりがうまかった。発言回数の多い子たち同士は早くもお互いがお互いを気に入り、親しげな雰囲気が出始めている。わたしはそのテンポに乗れず、下手に流れをせき止めてしまうのを恐れて、ほぼ笑っているだけだった。

そうこうしているうちにグループは細分化して、おしゃべりがうまい子のグループができ、わたしはわたしと同じようなおとなしめで漫画の好きな子たちとよく話すようになった。
おしゃべりがうまくて明るい子たちは文化祭の実行委員に名乗りを上げて、クラスの中心として動き始めていた。みんな、いかにも女子高生らしい短いスカートとストレートの髪の毛、カーディガンの着こなしも似合っている可愛い子たちだった。

わたしっておしゃべりが下手なんだなあ…と初めのうちは落ち込んだものの、中学までとは環境が違うこともわかっていた。
中学までは進学しても進学しても知り合いだらけの中で過ごしてきた。その中ではおしゃべりに苦手意識はなかったが、高校で初めて実力を試されることになって、力のなさが露呈したわけだ。
ものすごく人見知りであることも自覚していたし、まあ、当然の結果だった。

その当時はおしゃべりのうまい子たち――今で言うウェイ系(今もウェイ系って言う?死語になってない?)みたいな子たちの明るさや仲の良さをうらやましくも思ったけれど、もとよりわたしとは性質が違う。無理してあのグループに入れてもらったとしても、遅かれ早かれ浮いていただろう。
大人数でわいわいするよりは少人数でまったり過ごすほうが好きだし向いている、と気づいたのも、また高校のころだった。

大勢でワチャワチャするのが楽しいという人はもちろんいるだろう。
ただ、わたしの性格上、人がたくさんいて全員と話せないような場よりも、2人とか3人くらいで顔を突き合わせてお互いの話をじっくり聞くほうが好きというだけの話だ。せいぜい3人くらいなら、わたしが口を挟むタイミングもたっぷりある。ぽんぽん飛び交う会話の中で慌ててレスポンスを考えなくてもいい。そっちのほうが、わたしには合っている。

理想と現実は違う。
理想は輝いているからどうしてもうらやましくなってしまうが、現実のほうが存外心地が良い。そういうことを、高校の友達づくりのときになんとなく悟ったのだ。

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アラサーオタク女の文章置き場。野球/夏/アイドル/アニメ/ゲーム
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