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【植物SF小説】RingNe【第1章/④】


あらすじ

人生の終わりにはまだ続きがあった。人は死後、植物に輪廻することが量子化学により解き明かされた。この時代、人が輪廻した植物は「神花」と呼ばれ、人と植物の関係は一変した。 植物の量子シーケンスデバイス「RingNe」の開発者「春」は青年期に母親を亡くし、不思議な夢に導かれてRingNeを開発した。植物主義とも言える世界の是非に葛藤しながら、新たな技術開発を進める。幼少期に病床で春と出会った青年「渦位」は所属するDAOでフェスティバルを作りながら、突如ツユクサになって発見された妻の死の謎を追う。堆肥葬管理センターの職員「葵」は管理する森林で発生した大火災に追われ、ある決断をする。 巡り合うはずのなかった三人の数奇な運命が絡み合い、世界は生命革命とも言える大転換を迎える。

《第一章は下記より聴くこともできます》

第1章/③はこちら

#三田春

 テレビ局から会社への帰り道、近くの自然公園へ母の墓参りに行った。アジサイの横に生える、2メートルほどのガマズミ。追い越したはずの身長は再び抜かされていた。


灰褐色の樹皮に、広卵形の鋸葉を繁らせ、ナンテンの実に似た小さな赤い実を実らせている。子どもの頃から母とよくここに来て、顔がねじれるほど酸っぱいこの実を摘んで、互いのリアクションを笑いながら食べていた。


この樹の下に葬ることは、まだコミュニケーションが取れていたときに聞いた母の願いだった。量子サイクルという概念すらまだない時代なのに、母は何故か植物に輪廻することを知っていた。


 母は人から植物になっても、夏には葉の鮮緑で元気を、秋には果実を実らせることで栄養と思い出の再生を、冬になり枯れることで寂しさを、何十年も変わらず、僕に生きる力を与え続けてくれている。両手を重ね、目を瞑り、あの日の意識世界の情景や陽だまりのような日々を四季のように巡らせ、祈る。


 慣れないテレビ出演が続き、くたびれた脳はちょうどガマズミの酸味を求めていた。ゆっくり赤い実に手を伸ばすと、BMIより「RingNeしましたか?」とアラートが鳴る。


 神花に触れる際に自動的にアラートが鳴るアップデートを最近加えたのを思い出した。加えて、そういえば今日は食べちゃいけない日だったことを思い出す。もう一度ガマズミに手を合わせ「また来るね」と言って振り返り、会社へ向かった。


自身で開発したプロダクトながら、なぜ人の量子情報が入った植物を食べてはならない規範が社会に生まれたのかは、不思議だった。遺族の想いや、カニバリズム的嫌悪感など感情的なブロックは理解しつつも、生物として自然な巡りを滞らせてしまっているのではないかとも思っていた。本当にこれでいいのだろうか。


 

 社内に入ると、次の収録のための控え室に向かう。扉を開けると、既に誠也くんが控えていた。ラジオ体操第一の後半、腕を交差させながら、膝を開いて屈伸させる体操をしていた。


 「先輩、お疲れ様です」

 「体操中ごめん。しかもよりによって一番恥ずかしい動きをしている時に」 

 誠也くんは既に深呼吸のフェーズに入っていた。


 僕は「疲れたー」と言って、キャスター付きの椅子にどさっと腰掛けた。テーブルに置いてあった水を飲み、一息つく。体操を終えた誠也くんも向かいの椅子に腰掛け、パソコンを開いた。パソコンには新しくネムノキの花のステッカーが貼られていた。


 「ねぇ、あれ見た?」と僕は誠也くんに尋ねた。

 「なんです?」

 「森林火災の真犯人の会見」

 「見ましたよ」

 「いや、なんかね。犯行動機が切なくて。RingNeがなければこんなこと起こらなかったんだって思うと、なんとも複雑な気分が続いているんだ。どうしたらいい?」

 魂が抜けたように椅子に座っているとキャスターが少しずつ後退を始めた。止まる気にも戻る気にもなれなかった僕はそのまま身を預け、いよいよ壁に衝突して、軽く脳が揺れた。


 誠也くんは椅子に腰掛けてゆっくりと回転していた。目線は平行を保ったままで、酔わないための工夫が垣間見られた。

 「またそれですか。何度も言いますがRingNeは偉大な発明ですよ。自然観を変えて環境問題を改善したし、死後の希望を作った」


 「でも知らなければ感じることのなかった悲しみも増えた」と僕は呟いた。

 誠也くんは椅子の回転を止めて、白い天井を見つめて何か考えていた。

 「そんなもんじゃないですか、科学って。知れば知るほど、悲しくなってくるような」


 僕は一八〇度回転して壁を両足で軽く押して、机の方まで前進した。

 「そればかりではないけど、まぁ確かにエントロピーの増大則なんて知らなければ、僕らはずっと宇宙は永遠のものだって思えていたわけだしね」

 「ですね」

 「自然観なんて変えて良いものだったのだろうか」

 「いいんじゃないですか。少なくとも植林と間伐を繰り返して、環境保全と言っていた時代よりはぶっ飛んだ自然観じゃないはず。樹齢が長ければ神で、短ければ紙ですよ。ユーモラスすぎ」


 「そうかなぁ。でも、RingNeに関しては昔からちょっとした違和感があるんだよなぁ。思えば開発企画が会社に承認されたときからずっとだ。自分で企画したのに変な話だけど、承認が降りた時もなんかスムーズ過ぎて違和感があったのを覚えている」と机に着陸した僕は片肘を机に立てて顔を支えながら言った。


 「スムーズすぎる?」

 誠也くんはこちらを見て両手を組み、前屈みになった。推理でも始めそうな姿勢である。

 「うん。RingNeの企画は落ちて当然と思って衝動的に提案したんだよ。企画書もめちゃくちゃ粗かったと思う。というのも、子どもの頃から人は死んだら植物になるんだなぁという直感めいたものがあって、それが何度も夢に出てくるものだから、これは一度形にしなくてはいけない気がすると、使命感のようなものが芽生えて、まだ何のエビデンスもなかったのに提案したんだ。そんな企画、普通に考えて通ると思う?」


 「僕が上司だったらとりあえず有給を薦めますかね」

 「だよね。完全に疲れているやつの発想だと思う。でもそれがなぜかあれよあれよと上に通り、いつの間にか親会社から莫大な予算を出資されるまでのプロジェクトになった。なんでだろう」

 「先輩の熱量じゃないすか」

 「僕にそんな熱量があると思う?」

 「いや、ないですね」

 「それに当時毎日のように見えていたRingNeの夢も企画を提案して以降見なくなった。とにかくこのプロジェクトは何か不思議なんだよ」と机に顔を突っ伏した。


 誠也くんは軽いため息を吐きながら背もたれに深く腰掛けて、キャスターはその勢いで少し後退した。

 トントンとノックが響く。

 「そろそろお時間です」と制作会社のADらしき男性が部屋に入る。

 「わかりました」と僕は顔を上げて答え、立ち上がる。少しだけ立ちくらみがして、世界がふらっと揺れた。


 「トントンですよ、夢と現は」

 と誠也くんが呟く。

 入り口のドアノブに手をかけた僕は振り返って聞いた。

 「どういうこと?」

 「なんでもないです。収録、ファイトです」

 「うん、ありがと」

 白く重い、鉄の扉を閉めた。

 

(続きは下記へ


RingNeは体験小説です。この物語は現実世界でイマーシブフェスティバルとして体験することができます。
詳細は下記へ。


#創作大賞2024

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アメミヤユウ/体験作家
「こんな未来あったらどう?」という問いをフェスティバルを使ってつくってます。サポートいただけるとまた1つ未知の体験を、未踏の体感を、つくれる時間が生まれます。あとシンプルに嬉しいです。

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