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ウズベキスタンの年越し#02

午前10:00。
ホテルでルスタンの迎えを待ちます。
少し硬めのソファに座って窓の外を眺めていると、ホテルマンのジャモルが少しはにかみながら自慢のカプチーノをサービスしてくれました。

昨晩、私のサマルカンド行きの鉄道予約を手伝ってくれたジャモル。見慣れないキリル文字の並ぶ予約サイトに苦戦していた私を、彼は快くサポートし、チケットの手配までしてくれました。
そしてその後も、彼はやや興奮気味に、夜更けまで色々な話を聞かせてくたのです。

後半は半分寝ながら受けた恋愛相談だったのでよく覚えていませんが、彼の話すウズベキスタンの意外な歴史や日本に対するイメージ、彼自身の素敵な夢は私にとってとても新鮮で、私の中の新たな世界をまた大きく開いてくれたのでした。



そんな昨晩の出来事を思い返しているうちに、エントランスの向こうからルスタンの姿が見えてきました。
約束の時間から15分しか遅れていないのに、彼は何だかとても申し訳なさそう。きっと駅から走って来たのでしょう、真冬にも関わらず、可笑しいほどにびっしょりと汗をかいていました。
笑いを堪えきれない私を横目にますますあたふたとする彼の姿に、なぜか昨晩から感じていた不安が少しずつ解れていくのを感じます。

残ったカプチーノを一気に飲み干して、まずは銀行へ連れて行ってもらうことにしました。
まだキャッシュレス化の進んでいないウズベキスタンにおいて現金は必需品。ホテルなどの施設では米ドルも使えるものの、ローカルな買い物をするには基本的に現地の通貨であるウズベキスタンスムを必要とします。
そのスムをまだ一銭も持っていなかった私は、前日まで使っていたロシアンルーブルを両替して得たいと考えていました。

しかしこの日は大晦日。営業している銀行は少なく、ようやく見つけた窓口も私の持つルーブルをなかなか取り扱ってはくれません。(少しでも紙幣に汚れや破れがあると認めてもらえないのです、そういった紙幣しか出回っていないのに)

3軒目の窓口でも両替を断られてしまった私に、ルスタンは「どうせロシアに戻ったら使うから」と自身の持つスムと私のルーブルとを両替するよう提案してくれました。
彼は信用しても大丈夫だと思い、銀行の待合室にある椅子に座って周囲を確認して持っていたルーブルを彼に見せます。それを確認した彼は銀行の掲示板に赤く点灯しているレートを確認しながら、スマホの電卓機能を用いて何度も計算し、丁寧にスムの額を説明してくれました。

その後、自身の持つスムから私に両替分を渡してくれた時の彼を見て、私は思わず目を疑いました。

彼がその時着用していたジャケットの内ポケットから取り出したのは、なんと私がこれまで見たことのない厚さ7〜8㎝もの札束。
彼はこの分厚い紙幣を、すっかり伸びきったただの輪ゴムで頼りなく纏め、あたかも煙草か何かと同じように(彼は吸わないようですが)、ジャケットのポケットに直接しまっていたのです。

驚きました。
デニムにニット帽、足元もノーブランドのスニーカーという、見た目こそ私より少し歳上の一般的な学生という彼ですが、確かロシアで医学を学んでいると言っていました。そのお父さんもこの街でご活躍されているお医者さんだということは、もしや彼はこの大金を平気で持ち歩くほどのとんでもない大富豪なのでしょうか。
言われてみれば、まだまだ発展中のこの街で、彼ほど英語を流暢に話せる人には滅多に出会えません。彼の話や仕草からも、その育ちの良さや教養は充分に垣間見えます。彼は何者なのか、色々な考えが浮かんできます。


しかし意外にも答えはすぐに分かりました。
米ドルも流通するウズベキスタンにおいて自国通貨であるウズベキスタンスムはとても弱く、物価の高騰であるインフレはどんどん加速しています。その為、紙幣に書かれた数字の桁はとても大きく、少しの外出にも分厚い札束を持ち歩くことになってしまっているのです。

ルスタンがその時「気をつけて持ち歩くんだよ」と私に渡してくれたスムも、財布には入りきらないほどの分厚い札束。
そして彼は、自身の持つ札束とそこに書かれた大きな桁の数字を見ては、小さな声で「これは恥ずかしいことだよ」と呟くのでした。


ロシアでの学生生活が長いルスタン。
地元であるタシュケントの街についてはあまり詳しくない上に、どうやらかなりの方向音痴なようで、時には一緒に道に迷ったり人に聞いたりしながら様々な場所を案内してくれました。

お昼、大晦日に営業しているお店は殆どない中でやっと見つけたのは、お客さんが1人もいない小さなレストラン。そこでは牛筋や野菜をトマトベースでじっくり煮込んだ、信じられないほど美味しいウズベキスタン料理を頂きました。
その後はタシュケントで1番の見所である美しい地下鉄の駅を巡ったり、博物館でウズベキスタンの歴史や文化に触れたり、なぜか大晦日まで盛り上がっているクリスマスイベントに参加したりして、1日を本当に楽しく過ごすことができました。


この日1日で触れた彼の優しさを、綺麗な心を、私はここにどのように綴れば、読んでくださっている方に上手く伝えることができるでしょうか。

1日を通して私にこの上なく誠実に接してくれた彼は、常に自然体でチャーミングで、不器用ながらこちらが申し訳なくなるくらい一生懸命にもてなしてくれました。
現地の人とのやりとりや移動、お金に関することは全て甘えさせてくれ、おまけに「優子が楽しそうに笑ってることが嬉しいよ」と寧ろ素直に喜んでくれます。
彼が教えてくれたこと、お話ししたいエピソードは沢山ありますが、私の今の文章力では、彼の魅力や1つ1つの尊い思い出を誤解なく繊細に伝えることは難しそうです。なのでもうしばらく、私の中に大切にしまっておくことにします。


1日の終わりに、ルスタンは改めて彼の実家に泊まりに来るよう誘ってくれました。
「年越しをたった1人で過ごすなんてあり得ない。もちろん優子次第だけど、僕の家族はみんな君を歓迎するよ。」と言ってくれるのです。

これまで申し上げている通り、ルスタンは本当に素敵な人です。心から感謝している大切な友人ですが、当時の私はやはり、男性の家にあがることに対して抵抗がありました。
とは言っても、私には他に特別な予定があるわけではありません。そして何より、彼の話を全て信じていいとすれば、ウズベキスタンのローカルな家庭や年越しの文化にはかなり興味を掻き立てられます。ぜひ私も体験してみたいと胸が高鳴ってくるのです。


1日中悩んだ結果、私はついに彼のご実家におじゃまする覚悟を決めました。


美味しかったスープ
地下鉄タシュケント駅
アミール・ティムール博物館
アミール・ティムール広場

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