中華を食べに行ったら、時間限定メニューの掟を破るおじさんが現れて、頭の中がパニックになった話

ランチタイムに一人で中華を食べた。行ったのは、11時半頃。
店に入り「一人です」と言う。「カウンターかテーブルかお好きな方で」と案内される。選んでいいと言われると、少し迷う。
リュックを背負っていたので、カウンターでは邪魔になると思い、テーブル席に座った。

程なくして、隣に60代くらいの夫婦が座った。夫の方は、梅沢富美男さんに似た雰囲気で、少し威圧的なオーラを放っている。

僕はメニューをざっと見て、
第1希望：餃子定食
第2希望：日替わり定食
と、選択希望選手を決めた。

ところが、よく見るとドラフト1位の餃子定食は、
13:00〜（時間限定メニュー）と書いてあった。
餃子は圧倒的な1位だったにも関わらず、僕は日替わり定食を注文せざるを得なかった。そうするしかなかった。

泣く泣く餃子をあきらめて、代わりに頼んだ日替わり定食も、頼んでみれば楽しみになってくるものだ。厨房の中華鍋の音を聴きながら、ワクワクして待つ。
日替わり定食は、エビチリと肉野菜炒めがメインだ。絶対にうまいやつ。

隣の富美男が注文をはじめた。
「コイツ（妻）は日替わり定食で。あと、ほら、あのさ、あの1時からって書いてある餃子？あれ今食えないの？いけるだろ、な」

厨房を振り返って、少ししてから店員が答える。
「えー、あ、はい。いけ…ますね（小声）」

おいおいおい、待ってくれ富美男。こじ開けたな？今こじ開けたよな？1時からの時間限定メニューの壁を、やすやすと、こじ開けたよな？

富美男の妻が言う。
「ちょっと〜！あんた！」

そうだ、そうだ。世の中の秩序を乱したこの男に、物申せるのはもう妻しかいない！さあ！向けてくれ！この男に刃を！鉄拳制裁を！！

富美男の妻が怒る。
「私、日替わり定食じゃなくて、あんかけ焼きそば！あんた、自分の食べたいもの2つ言ったでしょ。信じらんない。」

そっちの方向の怒りだったか、それは怒るべきだな、うん。富美男は少し反省していた。

10分ほど経ち、僕の日替わり定食が運ばれてきた。
エビチリと肉野菜炒め、ごはんにスープに杏仁豆腐。これぞ中華のランチという感じだ。味も文句無しに美味しい。

それから数分経ち、富美男の妻のあんかけ焼きそばが運ばれてきた。
富美男の妻が写真を撮りながら言う。
「ほら、美味しそうじゃないのよ。日替わりにしなくてよかった〜」

隣のテーブルにいる、僕の日替わり定食がディスられた。美味しく食べている人の前で言わないでくれ、それを。かわいそうに、かわいそうにエビチリよ。

その後、餃子定食はなかなかこない。焼くのに時間がかかるのだろう。

富美男が言う。
「全然こねえな、おい」

僕は思う。
『13時からのメニューなんだから、あと1時間経ってからきても文句は言えませんよ。あなたは時間のルールを破ったんです。メニューのタイムトラベルというのはそういうリスクもあるんです。壁に書いてありますよね？13時以降提供可能です、って。困りますねえ〜お客さん。』

貧乏揺すりをやめない富美男の前に、やっと餃子定食が届く。

僕は、このとき最後の一個のエビチリを食べようとしていた。
その瞬間、隣の富美男の腕がこちらのテーブルに伸びてきた。

「ちょっと失礼。もらうぞ。」
そう言いながら近づいてくる。

僕は一瞬、心臓がバクバクした。
は？おい、ちょちょちょ、え？なに？もらうぞってなに？そんなに日替わり食べたかったの？
パニックになり、頭の中がニコニコ動画の生放送みたいになった。眼前が真っ暗になり、白い文字がたくさん流れる。

最後の一個取られるとかかわいそすぎwwwwwwwww
だから1人はカウンターに行けと
お疲れ様でした
いま急いで食え！放り込め！
ひゃっ
これだから女形はこわい
おおおおおおおおおおお
ジャイアンすぎて草
こわすぎwwwwwwwww
エビチリがあああああああ

瞬きを3回ほどすると、もう富美男は元の席に戻っていた。僕のエビチリはそのまま皿の上に残っている。
「ちょっと失礼。もらうぞ」と言われたものの、とられていなかったのだ。

いったい、何がとられたんだ…
テーブルを見渡す。調味料が一つ減っていた。酢だ。
醤油、ラー油、酢と並んでいた調味料の酢だけがなくなっていた。
隣のテーブルを見ると、一つも調味料が置いていなかった。

少ししてから店員が現れて、富美男の席にきた。
「申し訳ありません。お好みでこちらをお使い下さい」とやっちまった感満載で調味料3点セットを差し出した。

「遅ぇよ。隣の兄ちゃんからもう借りたよ。」そう富美男がつぶやいた。
僕も心の中で「おせえよ！」と突っ込んだ。最初から酢が置いてあれば、心臓をバクバクさせなくてすんだのに…

やっぱりカウンターの席にすれば良かった。