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重力から逃れる - 空中ヨガ体験

 友人が誘ってくれたのは、仕事でも私生活でも荒波に揉まれる私が少し落ち込んでいるように見えたからかもしれない。
「空中ヨガに行ってみない?」
…空中ヨガ?

 空中ヨガ。エアリアルヨガ。ニューヨーク発祥の進化形のヨガだという。天井から釣り下がったハンモックを使って、繭のように丸く布にくるまったり、スーパーマンのようなポーズでブランコのように揺れたり、逆さまになって宙づり(!)になったりするのだという。いくら進化形だといっても何もこんな形に進化しなくてもいいものを、と思う。しかしよく考えてみると、動物の進化だって似たようなものだ。何の因果でキリンの首や象の鼻はあんなに長くなったのだ。何故コウモリは逆さまになって眠るように進化したのだ。進化というのは本質的に極端なものなのかもしれない。そして、極端だからこそ、世界は多様で面白い。

   *

 そんな訳で空中ヨガを体験することにした。

 いくつものハンモックがぶら下がったスタジオにインストラクターが1人と生徒が4人。インストラクターは小鹿のようにしなやかな体つきの女性で、隣に並ぶと全体にふにゃふにゃした自分の身体が少し後ろめたくなった。
 まずは両手でしっかりハンモックをつかんで身体を持ち上げ、すっと腰かける。ここまでは大丈夫。
「それでは片足を大きく上げてぐるっとターン!」
小鹿先生の号令に合わせて華麗にターンしようとした瞬間、股関節にピシリと痛みが走った。あ、これは結構ハードかもしれない、そう気づいた時にはもう遅かった。75分間のレッスン、やり切るしかない。

 そこからはとにかく夢中だった。空中にぶらさがった状態で自分の身体を守らなくてはならないという本能で、普通のヨガよりも一つ一つのポーズに必死になる。自分の体重がぐっと負荷になるのでしっかり筋肉がストレッチされる。
 逆さ吊りのポーズにも挑戦した。こうして逆さまの世界を見るのは何年ぶりだろう。子どもの頃に鉄棒にぶらさがったとき以来かもしれない。鏡張りのスタジオに5人の女性がぶらりぶらりと逆さ吊りになっている風景は何だか現実感がなく、熱を出した時に見る空を飛ぶ夢のような不思議な感覚なのだった。

   *

 必死の形相でレッスンを受けながらも私はミュージカル「Wicked」の中の一曲、主人公である若い魔女が自分の道を歩むことを固く決意して歌う「Defying Gravity」という歌を思い出していた。

  It's time to try defying gravity 重力に逆らう、その時が来た!
  I think I'll try defying gravity わたし、重力に逆らってみようと思うの
  Kiss me goodbye さよならのキスをして
  I am defying gravity 私は重力に逆らって飛ぶの
  And you wont bring me down  もうこの気持ちは変わらないから

しがらみや慣習という「重力」から逃れてまっすぐに自分の意志を通すことを歌う感動的なナンバーだ。
 重力に逆らうことは普段抱えているもろもろの足枷に逆らうことなのかもしれない。それは比喩的な意味だけではなく、実感を伴った感覚として。空中にいるということも逆さまになっているということもあまりにも非日常的な体験で、私は日ごろの心配事や憂鬱からすっきり解放される思いだったのだ。

   *

 レッスンの後は、すっかり身体が温まり、念入りなマッサージを受けたように関節が軽くなっていた。
 たまにはこういう発散の仕方もいいかもしれない。筋金入りの運動音痴のはずの私はそう思って、帰り道でそそくさと次回のレッスンの予約をとるのだった。

(気になった方は「空中ヨガ」「エアリアルヨガ」で画像検索してみてくださいね。なかなか衝撃的な風景が見られます)

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