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目を閉じて暗闇で跳ぶような

 自分の人生を左右する大きな決断をするのは、とても怖いことだ。それは目を閉じて暗闇で跳ぶようなことに思える。足を踏み入れる先がどのような場所なのかは跳んでみるまでは分からないのだ。
 夫との離婚の意志を固めるのは私にとってひどく怖いことだった。夫の抱える様々な問題が明らかになってからも、決断までには長い時間が必要だった。

   * 

 初めて「離婚」という選択肢を意識させられたのは結婚してたった半年ほどの頃だった。それは夫が義両親によってアルコール依存症の専門の病院に担ぎ込まれ、たちまち入院が決定した頃だ。あれよあれよというまに展開する物事にただぽかんとするしかなかった私のために、夫の主治医は一対一の面談の場を設けてくれた。
 夫のアルコールの問題は結婚前からのものであったこと。
 夫は結婚前にアルコールが原因の病気で大きな手術を受けていること。
 入院してもアルコールや暴力の問題は解決するとは限らないこと。
 その場で告げられた事実はどれも衝撃的なはずなのに、不思議に怒りや悲しみのような強い感情は浮かばなかった。それは自分の身に起こっていることではなく、どこか遠いところの話のように思えた。私は医師にいくつかの疑問点を質問し、そしてただ淡々とメモを取った。自分が直面している問題の大きさを理解できず、ただ漠然と何とかなるとだけ思っていた。

 強い衝撃は面談の最後の瞬間にやってきた。医師は私にこう告げたのだ
「次にパートナーを選ぶときは、アルコール依存症じゃない人を選んでくださいね」
 心の中で一気に何かが崩れ落ちた。
 医師は私たちの離婚を暗に示唆している。その医師はアルコール専門病棟を統括する立場にある、経験豊かな信頼できる人物だった。そんな医師が、私たちが離婚することを前提に話をしている。

 なんて失礼な、と憤慨するべき場面だったのかもしれない。しかし、私にできたのはただ「はぁ」と相槌をうって、曖昧に笑うことだけだった。
 私は直感的に、この医師の言葉が決して単なる趣味の悪い冗談などではないことを理解してしまったのだ。

   * 

 その時から私は「離婚」という選択肢を現実感をもって考えるようになった。
 二人が離婚しないでいるべき理由は少なかった。二人の間にはまだ子どもがいないし、二人とも経済的に自立した生活をおくることができる職業をもっている。そして医師に言われていた通り、彼の暴力癖・暴言癖は入院しても改善しなかった。
 きっと離婚するしかないのだろうなとぼんやりと分かってはいた。
 それでも、医師の言葉に衝撃を受けた日から、離婚の手続きに向けて具体的な行動を始める日まで、別居を開始しながらも、実に丸一年かかった。決断をすることが本当に怖かったのだ。

   * 

 これほどまでに怖かったのは、私が本当に自分自身の気持ちのみに正直に耳を傾けて人生の選択をするのはこれが初めてだったからだ、と今になって思う。初めてのことは、誰だって、どんなことだって怖いものだ。
 もちろん、これまでにも高校進学、大学進学、就職、そして結婚と大きな人生の選択をしてきた。これまでも自分自身で自分の道を決めてきたつもりだった。それでも、振り返って気づくのは、私が進路選択にあたって大切にしてきたのは自分自身の気持ちよりも、「”良き”娘」「”きちんとした”女性」としてのセルフイメージだったということだ。いつも分かりやすく優等生的な選択肢をとるということ。それは両親を初めとする周りの人たちを喜ばせたし、私自身もそれを良しとしてしまってきた。しかしそれはある意味では、自ら自分の人生をきちんと考えて選び取ることを放棄していたといっても良いかもしれない。
 離婚という選択肢は、これまで必死に固持しようとしてきた”良き”セルフイメージとは相反するものだった。それでも私はその選択肢をとるという意思決定をした。この決定はそれまでの意思決定はとは全く違うものだ。これまでの意思決定はどんな選択であろうとセルフイメージが敷いたレールの上にあった。例え人生の選択をすることが「暗闇の中での跳躍」であったとしてもレールの上にある限りは怖くない。しかし離婚という選択はいったんそのレールから自らの意志でえいやと飛び降りることを意味する。

 自分自身の気持ちに正直になって、自分の人生を選び取るということ。呼吸をするように自然にそれができる人もいるかもしれない。しかし私にはそれは本当に怖いことだったのだ。

   * 

 離婚をする気持ちを固められないでいたころ、友人にこんな風に言ったことがある。
「結局のところ、結婚も離婚も、暗闇で目をつぶって跳ぶようなことだというのはきっと同じだと思う。結婚はみんなに祝福してもらえるから勇気をもって跳べるけれど、離婚はそうじゃない」
 友人は不思議そうな顔をして、全く当たり前のようにこう言い切った。
「離婚は新しい人生のスタートだよ。私は新しい人生を祝福するよ」

 離婚協議が始まってしばらくたった今でも、自分の選択が正しいのかと気持ちが揺らぐことがある。その度に友人の言葉を思い出す。私の跳躍は私が自ら選び取った新しい人生のスタートなのだ。そしてその跳躍を選びとれたことに胸を張っていいはずなのだ、と。  

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(付録:私の近況)
離婚協議、進みません。何もできずに相手の回答を待つことは意外と消耗するものですね。

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